ひらいて


 「ひらいて」というタイトルは何を意味するのかという点を強調すること以上に、綿矢りさが再び女子高生を書くということに意味を見出そうとする文庫本の帯が面白くて少し笑ってしまった。本作は『新潮』掲載時に読んでいたのでそのとき以来、約3年ぶりの再読になると思うが、誌面で読んだときはもう少し短いものだと思っていたのが少し意外なくらいだった。比較的最近読んだ『蹴りたい背中』の主人公のことを思い出しながら、非常に面白く、今回も一気に読み切った。

 本作で綿矢がやろうとしていることは徹底的に心理戦だ。主人公の愛は心理戦を、結果的に二人同時に仕掛けることになる。最初は彼女が気になっていたクラスメイトのたとえ。その名前の珍しさや彼自身の少しまわりから静かに浮いたような、達観した存在が気になってたとえを挑発し、誘惑しようと試みる。たとえにアプローチをかける過程で美雪という女子生徒の存在を知る。いまのクラスは別だが1年生のときにクラスメイトだった美雪は糖尿病を患っており(ただ、そこまで深刻ではないらしい)そのことを本人が隠してないがゆえにまわりから孤立を深めていった経緯を持っている。

 この、たとえと美雪という、ともに孤立した者同士がひそかに接近していることに対して気がかりになる愛の野心はいかにも綿矢と言ったところだろう。『蹴りたい背中』がそうだったように、綿矢の書く女子高生の主人公は相手を征服したいという欲求をなんらかの形で秘めている。とはいえ、それがたとえ恋愛感情であったとしても、本心でやっている部分なのかどうかが非常に疑わしい。今回の場合はたとえを追ううちに美雪を知り、美雪にもアプローチをかけていく様は美雪を「攻略」しようとつとめるギャルゲーのプレイヤーのようなものだ。その攻略がたとえよりも実は容易いということにも、愛は気づいていく。

 かくして愛は美雪と不思議な関係を構築し始めるのだが、では美雪は単に攻略されたままなのだろうか。あるいは、たとえはずっと攻略されないままなのだろうか。基本的に愛視点で物語がつづられるため、美雪やたとえの本心は彼らの台詞や仕草から推し量るしかない。そもそも美雪とたとえはどのような関係を目指して接近していたのか。愛はその中に割り入ることで、いったい二人に対してどのような攻撃をしかけたいのだろうか。

 『蹴りたい背中』と大きく異なるのは、攻略が本格的になればなるほど、つまり具体的な関係を構築する展開になるにつれ、ゲームのプレースピードが一気に上がっていくことだろう。『蹴りたい背中』における攻略がじっくりなら、こちらではペースがだんだん加速していき、一つの頂点を迎える。愛の暴走とも言えるその過程は、もちろん美雪とたとえにダメージを与えるし、反動として愛自身もいくばくかのダメージを受ける。

 そんなばかみたいな暴走劇は、しかしながら綿矢りさの魅力の一つだ。『夢を与える』ほどの転落を書くわけではない(この小説のあとの愛がどのような人生を歩むかは気になるものの)が、抑えきれない破壊衝動と受験生という境遇の絶妙さも相まって、「いま、ここ」をとにかくがむしゃらに生きようとする愛には大きな魅力がある。彼女のやろうとしていることにあこがれたり、肯定する気はさらさらないが、ある時期の女の子にしか持ち得ないパワーと思いを存分にこめようとする綿矢りさの筆力には驚かされる。

 もう女子高生の話なんて書かないと思っていたが、『蹴りたい背中』から格段に文章のレベルが上がったこの小説は、かつての綿矢りさを十分に超越している。そんな新しい綿矢の書く女子高生小説なのだから、面白くないわけがない、というのが再読して改めて抱く素直な感想だ。


2015/5/24

長編

初版
2012/7(新潮社)
2015/1(新潮文庫)

amazon(kindle)

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