第六大陸


 2003年ごろのSF界隈、とりわけ早川書房まわりでは「リアル・フィクション」という言葉が語られ、2003年と2005年の二回にわたってSFマガジンでは特集が組まれた。冲方丁や桜坂洋といった、2014年の地点ではメディアミックスで話題な彼らが当時の中心で、まだ小川一水のキャリアは比較的浅いほうだった、と言えるかもしれない。そんな2003年に小川一水が送り出したのが本作『第六大陸』で、翌年見事に星雲賞を受賞した。以降、現在進行形で続いている「天冥の標」シリーズに至るまで、ハヤカワSFでは欠かせない日本人作家になっている。

 本作の概略を簡単に説明すると、西暦2025年から始まった、月に行って何かを作るお話、である。プロジェクトの進行が物語のほぼすべてであり、語り手として青峰走也という人物が登場するが彼もキャラクターの一人にすぎない。月に作る何か、という観点からすると、より重要なキャラクターは桃園寺妙であろう。彼女の祖父の持つ財力と会社を最大限に活用したこの「第六大陸建設プロジェクト」は、しかし妙というまだ年若いおてんばな女の子の存在がいなければ絶対に前には進まない。

 だから本作『第六大陸』が面白いのは、見かけ上は男たち(オッサンたちと言ってもいい)の命運をかけた一大プロジェクトで、それはのちにアメリカと競争することで日本という国家を背負うことにもなるのだが、しかしそうしたガチなエンターテインメントではなく、小川一水の見出したエンターテインメントへ流れていくところなのだ。桃園寺妙は、たとえば壮大なハリウッド映画だと不必要なキャラクターだろう。しかし日本のアニメやライトノベルではこういうキャラの存在は欠かせない。「ストーリー、ストーリー、ストーリー」のハリウッドではなく、まずキャラクターありき(必ずしもそうではもちろんないが、傾向としては一定のものがあるはず)の創作環境では抜群の相性の良さを誇る。

 現代でもそうだが、近未来の世界でもあえてわざわざ月に人を送り込んで、そこにさらに何かを建設しようなど、尋常じゃなく常識外れの見方であるということが繰り返しプロジェクトの障害になる。国家的なプロジェクトに結果てきになってしまうものも、あくまで複数の民間企業が時には競合しながら月を目指すというシナリオなので、障害が膨大にあるのがデフォルトのような状況だ。それでもあえて月へ行くのは、人の思いという非常にシンプルなところに落ち着かせている。言ってしまえば無謀だしめちゃくちゃなわけなのだが、しかしそのむちゃくちゃな人の思いがいつのまにか伝染していってしまうのも本作の魅力だ。そうした物語そのものを楽しみながら、しかし待ち受ける危険に対して固唾を飲みながら読者はページをめくっていくような仕掛けは、なるほどよくできている。

 妙の活躍というか、彼女自身の思いの強さは読んで、としか言いようがないのだが、よくできすぎたハッピーエンドの背後にはやむをえない犠牲があった、というのもリアル。一級のエンタメをこしらえながら、同時にプロジェクトとしての現実味を持たせる工夫が随所になされているが、それは単に設定という点にとどまらない。物語は、いかにして始まりいかにして終わるかの間のすべてのプロセスが尊重されるべきなのだろう。

 プロセスといえば妙が何を望み、そして何が実現されたか(少しでも書くとネタバレになるので控えるが、月に作るものとしては異色である)の間に意外なほど美しい一貫性が見られるのは、だからこそよくできたハッピーエンドとも言えるのだけれど、実にエキサイティングだった、とも言っておく必要がある。そのエキサイティングな結末を一言で表現するならば、愛だね、愛だ。としかもはや言えないほどシンプルで、美しいものだった。


    2014/10/19

長編

初版
2003/6(ハヤカワ文庫JA 1巻)
2003/8(ハヤカワ文庫JA 2巻)

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