センセイの鞄


 川上弘美すごい、ととても素朴ながら思ってしまった。いまでいうところのアラフォー独身女子と、老年の高校教師との恋?ともなんとも言えないような不思議な逢瀬の連続は、それ自体はとても淡々としたものとして書かれている。ただ、だからこそいい、だからこそありきたりなエンタメとしての恋愛小説になりきっていないのだと思う。終盤の展開はある程度予測できたことはあるけれど、それでもなお重ねてきたそう長くはない時間がしっとりとした余韻を残す。残されたものと去っていくものの間に残る寂しさを、しかしなぜこのように美しく表現することができるのだろうと恐れ入るほど。

 だいたいかつての高校教師と再会してそのあとも度々会うようになるという展開がずるい。とてもずるい。主人公、大町月子には彼氏がいることになっているが彼氏が彼女の生活に入ってくることはほとんどない。それよりも途中から登場するかつての同級生のほうが幅をきかせてくるほどだ。彼との関係性も、一つの恋愛小説として読む分にはさほど悪いものではないし、発展のさせようになっては面白いものになるかもしれない。だが、センセイの前では圧倒的にかすんでしまう。

 センセイは常に自然体で、月子の前では「先生」であることを忘れない。その姿勢はかたくななほどだが、別段厳格というほどではなく、むしろ物腰は非常に柔らかい。センセイは「サトルさんの店」で飲むのが好きで、国語教師らしく時折り芭蕉や内田百間の話を引き合いに出したりする。高説を披露したりはしない。月子は、興味半分、「はあ」というようにあきれ半分でセンセイの言葉に耳を傾ける。独りで生きることに強い不安や不満があったわけでもないのに、センセイに惹かれていってしまう。

 「花見 その1」で小島孝というかつての同級生に再会してから少し月子の気持ちは傾き始める。小島に傾いていくわけではない。ただ、センセイを思う気持ちを持ちながら小島とバーで飲んだりする瞬間も悪くない、と思えてくる。小島のほうは月子をふらっと誘いながらそれ以上の気持ちを特段持っているわけではない、という立場だろうとは思うけれど、ほとんど登場しない彼氏を置いておいて小説の中で初めてセンセイとは別の「異性」としては意味のある役割だ。他方でセンセイにとっては、石野先生(も、月子の通っていた高校の教師だ)という女性が登場する。

 月子とセンセイの関係はいかに、と思わせておいたところでセンセイが大胆な思いつきを立て続けに実行していくのが物語の後半。前半ではあまり触れられなかったセンセイの過去を持ってくるのは王道感がある。その王道的展開の中で二人で共にする宿、であるはずが俳句合戦になってしまうのはこれはこれで王道すぎるくらいに文学的。手法として、というよりはむしろセンセイの文学に対する愛情が手に取るように伝わってきて心地よい。小川洋子が『博士の愛した数式』を書いたとき、川上弘美のことももしかしたら頭の中にあったのかもしれないと思ってしまった。

 二人の幸福な日々はページをめくるごとにちょっとずつ終わっていく。人生という視点に立つと、すでに妻を亡くしているセンセイにとっては終わることに対する切実さが増す。他方で月子はまだ見上げる日々だ。遠い、遠いセンセイのところに自分が立っていられるのか。静かな逡巡と、一瞬の強い思いがクライマックスを彩っていく。

 前に読んだ『古道具 中野商店』でもそうだったように思うが、川上弘美の小説にはおいしい酒とごはんと、情緒あるお店が欠かせない。彼ら彼女らは常にどこかで食べ、飲み、笑い、泣き、怒り、そして時には酒の余韻に飲まれて眠ったりする。リアルでもそうだが、酒飲み同士の会話は虚実がないまぜになって面白く、そしてそれを許せる場面だ。新潮文庫版の解説を書いている斎藤美奈子の言葉を引くなら、「現実と幻想の区別が曖昧」な関係性。川上弘美の文章が書くその関係性は、まさに珠玉だ。あまりにも愛おしい。


2016/3/10

長編

初版
2001/6(平凡社)
2004/9(文春文庫)
2007/9(新潮文庫)

第37回谷崎潤一郎賞(2001年)

amazon honto

Back