彼のオートバイ、彼女の島


 片岡義男という名前と彼の書く小説を知ったのはある文芸誌(確か『群像』)を開いていたら名前を見つけて、中に収められていた短編を読んだときだ。調べたら70年代後半からかなりの多作を生み出し、一つの時代を築いたような作家で、村上春樹にも影響を与えたとか与えていないとか言われている。最近ちょっとしたきっかけで春樹にもちょとずつ手を出し始めたし、比較するかどうかは分からないが片岡の代表作を読むのもありだろう、と思って手に取ったのが本作。単行本が77年、文庫化が80年の本作は、調べたら大林宣彦監督が80年代に入ってから映画化しているようでこちらも気になるところ。
 
 タイトルに大体のことは書いてあるが、彼と彼女とバイクの話だと言ってしまえばいい。彼と彼女を今風に(?)言い直すと、きみとぼくとバイク、みたいなところだろうか。あとタイトルにない要素としたら、夏。バイクで旅行した夏の長野の県北で、主人公の巧(コオ)は美代子(ミーヨ)と出会う。どこから来たのかとか、長野に来た目的などの話を軽くしたあとに別れるが、雨を浴びたことをきっかけにある場所に立ち寄ったところ幸か不幸か再会してしまう。ここもまたかなりベタな再会の仕方で、こういうのはアニメの1話なんかにありそうだなと思いつつにやにやしていればいいのだろう。

 本作の魅力は、まずなんといってもバイクに乗るシーンだ。美大生でありながらいまでいうバイク便ライダーのような仕事をほぼフルタイムでこなしているコオは、日がなバイクに乗った生活をしている。生活の一部というよりは、生活そのものと言ってもいい。プライベートでもカワサキのバイクを所有しており、都内のあちこちをバイクで駆け巡る日々が片岡らしいみずみずしい文章で書かれる。車に乗ったいまでいうDQNのようなドライバーとケンカをしてしまったり、警察に追いかけられたりと、コオの日々はなかなかに騒がしい。

 大学生活のシーンはまったくと言っていいほど書かれないが、時々コオが音楽を演奏するシーンが出てくる。そのシーンはさほど長いものでもないし、中心的なテーマを背負っているとは思わない。ただ、重要なのはバイクを乗っていないときのコオもまた存在するということなのだろう。ミーヨはバイクに乗ったコオに憧れ、一ヶ月で中型免許をとるまでに至る。果てには思いがけない選択をするのだが、自我の強い女性としてのミーヨはヒロインとして魅力的だ。

 それでも、コオが音楽に興じるシーンを読んでいると音楽も彼によっては重要な栄養分であることが分かる。そしてそばにはおそらくアルコールがある。快楽とまでは言い過ぎだが、なかなか享楽的で愉快な日々だ。「うたえるスナック」こと「道草」ではナミという女性シンガーが歌を歌い、コオが曲をアレンジして、ささやかなライブを披露する。他のエピソード、たとえば同僚の小川に連れられて大勢でツーリングをしたり、レース場でバイクを走らせたりするのも派手で魅力的だが、個人的にはスナックという小さくて限られた場所で、ささやかながら趣味に興じるエピソードにこそ共感を持てた。誰かに連れられているのではなく、コオが自分で選択した場所と方法だからだ。

 もう一つ、表題にあって触れられていない「島」について触れる必要がある。そのまま理解すれば、瀬戸内海に浮かぶ岡山県のある島がミーヨの故郷だということなのだろう。ただ、後半、ミーヨとコオの日々の描写が分厚くなってくると、少し「島」の持つ意味というか、島とは何なのかということが変わってくる。このことは、角川文庫版の解説でも室謙二が次のように指摘している。

 島というのは多分、もっとも彼にとって重要なイメージで、しかしその島は島国という言葉で想像されるような閉鎖的なものではない。明るくあたたかく開かれた空間としての島なのだ。海という自然の力にとりかこまれることによって、海と人間の交流が深まり海によって人間が自由になり海をこえて人間がいきかうような島を彼は頭の中に描いている。それはある意味で、日本という島国のアンチ・テーゼであり、また片岡義男がハワイの日系人の息子であることから生み出された島のイメージだろう。 (p.297)

 島に対する片岡のイメージが豊かなのは、単に島の持つ歴史的、風土的な豊穣さのせいだけではない。ミーヨという、揺るぎないヒロインと島が切り離せないからだろう。ミーヨは西宮に住んでいるという設定になっているが、出身である島においでとコオを誘う(映画ではコオがさらに島に滞在するエピソードが新たに書き加わっているらしい)。海があって人がいて、室の言葉を借りるなら海と人との交流によって人は自由になる。バイクにまたがることで、あるいは音楽に興じることで自由になっていたコオにとって、ミーヨの島(彼女の島)はまったく新しい自由の体験だったのかもしれない。

 いつのまにか季節はめぐっていて、小説は終わっていく。決して物語としてキリのいいラストではなく、これからもミーヨとコオ、そして二人をめぐる周囲の人たちとの愉快な日々はゆるやかに続いていくだろう、と予感させるラストだ。季節がいつのまにか冬になっていた、という冷たさだけが、余韻として残る。


2014/12/15

長編

初版
1977/8(角川書店)
1980/5(角川文庫) amazon

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