リリエンタールの末裔


 上田早夕里という作家はこの本を手に取るまで名前すら知らなかった(小松左京賞とSF大賞作家なのに知らなかったのが恥ずかしい)のだが、印象的な表紙と香月祥広の解説を読んで購入を決めた。読んでいて思ったのは、上田さんのSF愛が非常に伝わってくるお話が収められているなあ、ということである。SF愛とは何ぞやというのは結構感覚的なものなのでうまく説明しづらいが、科学技術と人との付き合い方を(必ずしもポジティブにとは言わないまでも)熱心に、そして真摯に見つめている様が印象的だ。寄りそう、という言葉が似合うのではないだろうか。

 たとえば「リリエンタールの末裔」という、表題作であり、一番最初に収められている話は、ある少年が成人し、街に出て、自分自身に合うグライダーを身につけて空を飛ぼうとするお話である。別の本で書かれたことの後日談でもあるらしいのだが、チャムという青年が何を思い、何のために”飛ぼうとしているか”を丹念に書いている。ラノベのようにチャム自身に長く語らせるのではなく、グライダーを売る店の男、バタシュとの会話の中でチャムが自分の思いをはき出し、未来に向けて逡巡していく。

 SFという体裁をとってはいるが、誰もが通過するような社会化の過程だとか(単純に言えば仕事を得て自立する過程)何かを成し遂げようとする過程を、「リリエンタールの末裔」だと空という舞台を使って非常に鮮やかに描いている。「ナイト・ブルーの記憶」なら舞台は海になる。どちらも青を想起するが、青の色の濃さやバランスは空と海とはまるで違うことも、あらためて確認する。上田早夕里はそうした景色を、人の目を借りて描くのが抜群にうまい。ただ単に描写するのではなく、しっかりと物語の中に組み込むことで景色が色を帯びてくるのだ。

 「マグネフィオ」と「幻のクロノメーター」は、もっと技術と人の関係、あるいは技術をめぐっての人と人ととの関係性を丹念に書き込むことで物語として整えている良作だ。特に後者は長編化もできるのではないかと思うほど、少女の成長を丁寧に、かつ勢いよく描写している。「マグネフィオ」は逆に地に足着いた大人のお話で、「リリエンタールの末裔」や「幻のクロノメーター」が爽やかさを残すのに比較すると、「マグネフィオ」はきれいごとがいつまでも通用しない大人としての倫理を突きつけてくる。「ナイト・ブルーの記憶」も大人たちを描いてはいるが、どちらかというと鮮やかさが印象的だったのに比べると「マグネフィオ」は4編の中では少し異色だ。

 ただ、「マグネフィオ」が特徴的だったように物語よりもまず人を書くことに上田早夕里という作家が注力していることは非常に伝わってくるし、かつSFでしか描けないモチーフをしっかり投入する。SF作家というこだわりと、人を丁寧に書くというこだわりは、ともすれば物語よりもコミュニケーションという形にもなるのかもしれない。とはいえ読んではいないが『華竜の宮』という長編でSF大賞を受賞していることを考えても、「幻のクロノメーター」のようなお話を読んでも、物語を作れない作家ではないことも示している。

 何を言いたいかというと、SFの中に文学性も見いだせるような作家は貴重だと思うし、これから他の物語を読むのが非常に楽しみな作家に出会えた、ということだ。小松左京賞とSF大賞をデビューから7年の間に獲得した作家という評価は十分値している。4編読み切ったときの、何かこう胸がゾクゾクするような、もっと色んなものを読みたい、というシンプルな気持ちを抱かせてくれる作家は希有であろうし、上田早夕里がそういうゾクゾクするような小説をこれからも書いていって欲しいな、と感じる。まずは他のものを読んでから、だけどね。


2012/1/22

短中編集
1.リリエンタールの末裔2.ナイト・ブルーの記憶3.マグネフィオ4.幻のクロノメーター)

初版
2011/12(ハヤカワ文庫JA)

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