魚舟・獣舟


 『リリエンタールの末裔』で初めて読んだ上田早夕里だが、今回読んだこの中短編集でも彼女の持ち味は十分発揮されていると見ていいだろう。「科学技術と人との付き合い方を(必ずしもポジティブにとは言わないまでも)熱心に、そして真摯に見つめている様が印象的だ」と、以前レビューで書いたが今回も近いことは言えるなあと思いながら読んでいた。

 今回はSF成分とホラーや伝奇といった成分が混ざり合ったお話が表題作を始め展開されているので、科学と人の付き合い方を描いた『リリエンタールの末裔』とはやや趣が異なる。とはいえ、高度に発達した科学がそうであるように、人の制御できる範囲を超えていく能力や現象に対して、市井の側である人間はどう向き合うのか、あるいは向き合えないのかという点を丁寧に描いている点では共通していると言っていいだろう。

 表題作「魚舟・獣舟」からつづく4編はいずれも井上雅彦監修のアンソロジー『異形コレクション』シリーズに収録された短編である。「饗応」はこの中では一番短くやや趣が異なるが、「魚舟・獣舟」、「くさびらの道」、「真珠の街」はいずれも主人公の過去の人間関係を投影したストーリーとして読み解くことができる。これらの3編はそれぞれに情緒的なシーンが印象的に挿入されていて、個人的には特に「くさびらの道」のラストが非常に感動的な仕上がりになっているように思えた。

 人ならざる者と対置するとき、あたりまえのようにつきまとう恐怖があるとして、それを越えた先でなんとかしてつながろうとする思いを貫くことができるかどうか。その思いを貫くことが一面的にはバッドエンドにつながるとしても、時に人は望んで身を投げるのではないだろうか。人を愛するとは何か。哲学的、という言葉はありきたりで陳腐かもしれないが、人ならざる者を描く中に感情(人間性、と言ってしまうと人間ではないのでおかしい気もするが)がこもるとき、物語としての質がグンと増すのが上田早夕里の小説なのだろう、と読みながら感じていた。もちろんそれは下手すれば陳腐なものにしかならないが、人ならざる者も人間も、それぞれ特別扱いせず基本的にはフラットに扱っている点がストーリーとしての質的な安定につながっている。

 そしてそれは異形の登場しない「ブルーグラス」と「小鳥の墓」という後半の2作品にも通用しているのではないか。「ブルーグラス」はダイビング、「小鳥の墓」は近未来のゲーテッドコミュニティ内の学校を描いているが、それぞれ海の中と地上、学校の中と外といった空間の書き分けが非常に鮮明な印象を残している。
 
 『リリエンタールの末裔』でも空と地上のふたつの空間の書き分けとそこから見える風景の違いが印象的だったように、「ブルーグラス」では海の中で見えるものと地上に上がったときに見えるものの違い、そこにこめられる感情的な度合いを強調することが物語の骨格になっている。
やや感傷的なお話にはなっているが、「くさびらの道」にも通じる、親しい人を喪失したあとの感情の機微の描き方は秀逸だ。向き合うとか向き合えないという理屈をさておいても過去の手触りを人は求めてしまう。ある意味シンプルにその瞬間を描写しているだけとも言えるかもしれない。

 「小鳥の墓」は文量が一番長く、もう少しふくらませるとちょっとした長編小説にもなりそうなお話。SF的ではあるがミステリーとして読んだほうが楽しめるかなと読後に感じた。近未来のゲーテッドを描くという意味ではコミュニティの内と外、というお話とも読めるが、基本的には大人と子ども、あるいは親と子という、子どもにとっては越えられないが立ち向かわなければならない存在に対してささやかな反抗をいどんでいく、という展開になっている。本筋自体のクオリティもさることながら、「小鳥の墓」という表題につながるエピソードへのつなぎが秀逸だった。ここは読んでいて手が震えるようでもあり、映画のラストシーンを眺めているような感覚にもなった。基本的に子どもは大人に勝てない、能力的にも経験的にも。ただ、だからといってすべてが無に帰すわけでももちろんなく、ある程度勝てないという事実は所与のものとして考慮するしかない。そうした諦めの先に、へたすると堕落があるかもしれないが、その結末は果たして大人たちの想像が追いついているだろうか。大人には勝つことのできない子どもだからこそ持ちうる想像力や生き様があるということに、目を向けてもいいのかもしれない。

 『リリエンタールの末裔』を読んだときにこの作家はもっともっと読みたいと思ったが、その気持ちがよりいっそう強くなった。これからもほんとうに楽しみな作家だ。日本のSFを引っ張るような存在になっていってほしい。


2012/4/9

短中編集
1.魚舟・獣舟2.くさびらの道3.饗応4.真珠の街5.ブルーグラス6.小鳥の墓)

初版
2009/1(光文社文庫)

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