マルドゥック・フラグメンツ


 文字通りファンサービスといったところだろう。書き下ろしもあるがほとんどはSFマガジンやハヤカワのアンソロジーのために書かれていた本で、マルドゥックシリーズとしてまとまって一冊の本になるのはファンとして非常にありがたい。シュピーゲルシリーズの同時進行にしろ、”スクランブル”の映画化にしろ、ここ何年かの冲方丁は売り方にもかなりこだわっている、と言ってもおかしくないかもしれない。

 タイトルのフラグメンツ(断片)が意味するように、基本的にはシリーズにまつわる短編集。バロットやボイルド、ウフコックが出てくる本編に直結する話もあれば、そうではなくマルドゥックの描く世界における一側面を描いた外伝的な話もあり、さらに直近の作者インタビューも収めるなどファンサービスとしてはバランスのとれた構成になっていることが分かる。インタビューを受ける機会は『天地明察』が本屋大賞&直木賞候補になってからかなり増えたと以前どこかで語っていたが、マルドゥックシリーズの認知は『天地明察』に比べればまだまだ高くなく、アニメ化によりアニメファンをひきつけたかもしれないが多くは従来のSFファン、といったところだろう。本作に収められているインタビューでは「古典化を阻止したい」という文脈で2003年に出した『マルドゥック・スクランブル』を、完全版として跡形もないくらいに書き換えた理由を述べているのは非常に印象的だ。

 本作の読み方はいくつかある。ひとつはファンサービスとしての外伝的性質。ボイルドやウフコック、そしてバロットの背景や『マルドゥック・スクランブル』のプロット原稿である「事件家稼業」もなかなか興味深い。ちょうど去年公開された映画の風景を思い出しつつ、読むことが出来た。「マルドゥック・スクランブル "104"」はO-9法案の実際の施行過程が垣間見えるという読み方もできるし、ボイルドの男臭さが全快なのはなかなかにいい。スクランブルではヒールとして、ヴェロシティではヒーローとして描かれた彼の哲学の一部が垣間見えるのは貴重だ。

 もうひとつ、マルドゥックシリーズの世界観やマルドゥックシティの性質が垣間見えるという読み方もできるだろう。長編の場合は主人公の主観による世界観が色濃いが、あくまでそれは一面的な見方でしかない。短編集という形態は主人公を複数設定することによって多面的な世界観を、文章量が限られてはいるが描き出すことができる。そしてもうひとつは、その世界/社会で生きる人々の生き様だ。「マルドゥック・スクランブル "-200"」におけるウィルとローズの関係性の書き込みが本作の中では特に顕著だろう。展開の速くアクロバティックなシーンと相まって、ハリウッド映画でも見ている気分にさせられる。

 つまり、今までマルドゥックシリーズは過去を失った少女の目線か、街という名の戦場に生きる男のヒロイズムか、もしくはネズミ形の相棒という形で間接的に関わることになるウフコックの目線が色濃く思えた。これは個人的な見方かもしれないし、それでいて十分ストーリーとしては秀逸なのだけれど、だからこそ逆にもっともっと深くマルドックシリーズの世界について知りたい、という欲求にもかられる。そうした欲望を限られてはいるが味わえるのはそれだけで興味深いし、既にシリーズ3つめの長編「アノニマス」への予習にもなるだろう。

 そういえば大きな世界や社会を描きながら異なったアプローチを提供する、という試みはまだ全てを読んでいないが既にシュピーゲルシリーズでも行っている取り組みでもある。もちろんマルドゥックシリーズのほうが先に書かれたものだが、今はシュピーゲルシリーズのシリーズ3つめである「テスタメント」とマルドゥックシリーズ長編の3つめである「アノニマス」を並行して書いているという奇妙な状況に出くわしている。ここに深い相関を読み取るのは誤読になりかねないのでしないが、冲方丁という作家の持つ世界観がどこまで発揮されるのか、は楽しみである。ということであんまり細かなレビューめいたことは今回はできなかったけれど、ゼロ年代と、そしてこれからの冲方丁がぎっしり詰まっている点でお買い得ですよ、と言える一冊ではある。本屋大賞受賞後に乱発したムック本を買うよりもよほど。あ、でも『ユリイカ』の特集はよかったと思うけれど。


2011/6/24

シリーズ短編集+インタビュー
1.マルドゥック・スクランブル ”104”2.マルドゥック・スクランブル ”-200”3.Preface of マルドゥック・スクランブル4.マルドゥック・ヴェロシティ Prologue&Epilogure5.マルドゥック・アノニマス ”ウォーバード”6.Preface of マルドゥック・アノニマス7.インタビュー:古典化を阻止するための試み8.事件屋稼業)

初版
2011/5(ハヤカワ文庫JA)

 

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