スプライト・シュピーゲル T Butterfly&Dragonfly&Honeyfly


 もはや売れっ子の冲方丁である。本作を含むシリーズは2007年から続くものであるが新刊で買わないと書店での入手が困難だったのを覚えている。それが本屋大賞受賞後に各書店で冲方丁の特集が組まれたり角川では復刊があったり、今年の出版界を彩る作家に成長した(というか知名度がSFやラノベファン以外にも広がった)のである。そんな折、大学の生協で手に入る冲方丁作品が全て並んでおり、そうして約2年越しに本作を手にしたのであった。ありがとう冲方丁、ありがとう大学生協。

 スプライト:spriteは英語で妖精や発光現象(本作の意味合いでは妖精か)シュピーゲル:spiegelはドイツ語で鏡や物語という意味を持つ。紫の少女、鳳(アゲハ)、蒼の少女、乙(ツバメ)、黄の少女雛(ヒビナ)の3人はそれぞれ機械化された体を持ち、ヨーロッパの近未来都市ミリオポリスで治安維持のために彼女たちは”跳ぶ”、とでも表現すればいいだろうか。『マルドゥック・ヴェロシティ』でおなじみのスラッシュ文は疾走感のあるストーリーには確かに合ってる。無駄な説明は要らないらしい。

 本作、本シリーズの世界観についてだが、少しだけ先の世界ということになっているらしい。ライトノベルの体裁をとりながら読み進めていくとリアルフィクションだなあ、と感じる。SFほど現実から乖離してはいないし、むしろ現実を意識させるワードがいくつも出てくる。具体的に挙げると神の崇拝と自爆テロ、トルコのEU加盟、失われた日本と名前として残る日本語、などなど現実と虚構が交差する様は容易ではないが想像できない世界ではない。まあ、一番の皮肉は章冒頭の三択テストかもしれないけれど。

 1巻はそのあたりの世界観の説明もなくいきなり3人がミリオポリスを飛び交う。文体も含めて違和感を持って読み進めるしかないが、先にも書いたが独特の疾走感が意外に気持ちよく(ヴェロシティは男たちの血なまぐさいハードボイルドな物語なので爽快感はほとんどなかった)文体の読みづらさに反してあっさりと読めてしまうのが面白いところ。ライトノベルのライトたるゆえんか、それとも冲方丁の筆力かは今はまだよく分からないが。

 3人のうち誰が主役かというと本作では鳳だろう。彼女が一番感情を露わにするし(3話の「ドラゴンフライ・ガール」が分かりやすい)5話6話の「シティ・フェアリー・ガール(前後編)」は鳳が他者と物理的に対峙するだけでなく精神的に向き合うお話だ。読み始めはどこか無機質に見えた彼女たちの、実はそうではないという部分が垣間見える。その際に先に書いた現実を意識させるような皮肉と彼女たちが対峙するというのも非常にシュールだ。それは機械化された体を持つ妖精3人は現実を遙か遠くを滑降しているように感じられ、でも現実は地に足の着いたところにあるという事実が再帰的につきつけられる。

 簡単に書くと、遠いところの物語であるように思われたものが1巻を読み終えるとずいぶんこっち側の物語なのだと気づかされた、のである。この感覚はなかなかに面白い。『マルドゥック・スクランブル』で感じたような、少女のアイデンティティの追求やそのための通過儀礼というのはある種普遍的なものであり、妖精3人がどうのこうの、という展開で始まった本作でも、なんだ実際は全然変わらないじゃん、と思わせるには最後の2話における鳳の描写からは十分だった。

 あとはこのままこっち側にさらに近づくのか、もしくは再び遠ざかるのか。ストーリーの展開を考えたら後者なのかな、とは思うが現実を意識させる皮肉がどれだけ今後含まれるのか、それらの小説的効果などなどは期待しつつ、次巻を読みたいと思う。ライトノベルの体裁はとっているが、ライトノベルとして扱うにはもったいない。そう思わせるあたりは、冲方丁だからだろう。


2010/10/23

シリーズ物短編集/シュピーゲルシリーズ、スプライトシリーズ
1炎の妖精2バタフライ・レディ3ドラゴンフライ・ガール4ハニー・ボム・ハニー5シティ・オブ・フェアリーテール(前編)6シティ・オブ・フェアリーテール(後編))

初版
2007/2(富士見ファンタジア文庫)

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