黒い季節


 『黒い季節』は今をときめく作家冲方丁のデビュー作であり、スニーカー大賞の第1回受賞作であるにもかかわらず長らく入手が困難な小説であった。2006年に単行本として新装版が出て今年には文庫化の運びとなり、ようやく入手することが出来た。読み始めてすぐ感じる違和感は、これってほんとに冲方丁?というか、これってライトノベル?ということである。その あたりの違和感はおいおい書くとして、弱冠19歳で本作を執筆できたということは十分冲方丁という人間の未来性を示唆していると言えるだろう。大学1年で本作を受賞したことで生活が忙しくなったのか、大学は4年通ったあげく単位はわずかしかとれずあえなく中退、という運びにもなっていたりする。ほんとうに、自分の大学には面白い先輩がいるものである。学部も同じだし。

 ひとことで本作を表すと、ハードボイルド的なストイックさと独特の熱さが根底にある。ただその上に様々な思惑が絡み合い、しかも様々な術が飛び交う。戦闘シーン、と言っていいのか分からないがアニメ化したら盛り上がるだろうという迫力あるシーンも満載で、このあたりはライトノベルの王道にうまく乗っかかっている部分かもしれない。ただその点も暦や陰陽五行と言った要素が設定として細かく織り交ぜられているようで(詳しくは把握できなかったが)メチャクチャになりすぎていないあたりは一つの小説として読み応えがある部分である。

 暴力団の抗争という大沢在昌あたりが扱いそうなテーマを、組織を強く出すことを抑えてあくまで個人を関係に展開させているのが特徴である。黒塚組の藤堂と穂、さやをめぐる関係、黒文字組の沖とゆきをめぐる関係、そして沖たちに追われることになった誠と異能者の戈。「つちのえ」とはなんだったのか、過去とをめぐる三者の関係やそれぞれの男女の関係の未来は・・・。

 全体として感じることは、何かを求めようとしていることだ。過去に負った傷を埋めるためであったり、失ったものの隙間を埋めるためであったり、何もないところから新しいものを求めるためであったり。ある種の思惑が絡み合うストーリーでありながら、沖や戈の場合は衝動それ自体が行為としてあふれ出ているような印象を非常に強く受けた。単純に言えば、ストーリーラインよりも個を立てているという印象であり、そのあたりもライトノベルの要素をしっかりとりいれているかなと思った。個人が主体となり物語を作っていき、ミステリーとしても伝奇ファンタジーとしてもオチがつくようになっているというのはこのジャンルだから出来ることであるとも思う。ライトノベルという土台を若い冲方丁なりに生かしたんだろうか、もしくはこの本を世に出して以降幅広いメディアや題材に関わっている冲方丁の将来の原点が既にあったとも言っていいと思う。

 ただ、ある種個が強すぎるかなあという部分もあると思っていて、求めているものの焦点自体がはっきりと浮かび上がらなかった印象もある。藤堂と父の関係、さやとの関係や、かやの存在などはもう少し書き込んでもよかったのかな、と。穂の存在も前半は藤堂に寄り添うことで目立ったが、後半はやや影が薄かった。特に後半は勢いがどんどん加速していくのでストーリーのディティールにはあまり関心が払われなくなるのはやや残念である。

 それでも、19歳らしからぬ文章を書きながら19歳らしいがむしゃらな勢いや何かを表現したいというエネルギーがつまっているのは確かで、それら内から出てくるものがそのままストーリーにも反映されているような気もした。文庫版解説でダヴィンチの編集長が書いているように「圧倒的な熱量をこそ堪能」することが本作の読み方なんだろうな、ということには素直にうなずける。10代で流通している一流の作品を読むことなど、乙一や綿矢りさなど作品の存在自体が本当に限られているのだから。藤堂が沖に捕らわれてからのシーンはシーンとしても読み応えがあって(どちらかというとライトノベルの文脈で、個人と個人が向き合うという意味で)冲方丁の熱量を一番感じる箇所である。藤堂自身が何かから解き放されたような様は圧巻で、それは冲方自身が小説のラストに向けて一気に書き上げるという熱量とダブっているかのようにも見える。いや、それは少しうまくまとめすぎか。

 たとえば『マルドゥック・スクランブル』で冲方丁を知った自分としてはとっつきやすい小説ではなかったと言える。でも確かに、冲方丁だというシーンは様々な箇所に透けて見える。今この時点で読み返したらそういう意味で非常に面白くて、特に『天地明察』というまだ読んではいないけれど概要からは冲方丁らしくない小説も、これからいつか手にとって読むのが楽しくなった。この人のバイタリティは、本当にたくましくて面白いのである


2010/11/25

長編

初版
1996/6(角川書店) ※絶版
2006/12(角川書店)
2010/8(角川文庫)

(1996年)第1回スニーカー大賞金賞

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