鍵のない夢を見る


 つい先週のことだが、第147回直木賞にて辻村深月は本作で見事受賞を果たした。3度目の候補での受賞、というのはまあ順当といったところだろうし、面々を見ていても貫井か辻村がとるのがふさわしいだろうと思っていた(あくまで面々であって候補作は全然読んでないからただの独断と偏見でもあるが)ので素直に嬉しく思った夜だった。受賞が決まった瞬間は用事があったのだが、そのあとニコニコ生放送で中継されていた授賞式の様子を見ていると、まあさもありなんというくらいには丁寧な受け答えを記者会見でしていていろいろとびっくりした。(*1)まだ作家生活10年にも満たない32歳ではあるが、著作は順調に重ね、ここ数年は作風も広げるなどしてきたことが受賞に結びついたと思うのだが、あの会見の場には堂々とした辻村深月がいた。

 せっかく好きな作家が受賞したのだし、書店にもいっぱい並ぶだろうということで夏休みあたりに読もうかなと思っていたのだがちょうど電子書籍のストアで売っていたので読むことにした。紙よりも安く、いまの部屋の状況からするとハードカバーは保存場所に困るので電書で読むのもありか、ということで。ちなみに小説を電書で購入するのはよく考えたらこれが初めてである。タッチパネルですらすら読むのも悪くない。

 前置きが長くなったが、本作には5つの短編が収められている。明確にはされていないが、おそらく関東のどこかの地方都市であろうことが予想され、東京に行くには遠く、ショッピングモールが生活圏にあるような、そんな舞台であるらしい。4つめに「芹葉大学の夢と殺人」という話があるのだが、たぶんこれは千葉大学をもじったものであるだろう(辻村の母校でもある)し、千葉大学に進学する圏内、と考えたら関東、それも南関東であり、千葉の外れあたりという程度には推察される。重要なのはあくまで域内で完結していることだ。流動性はさほど高くなく、東京に行けない距離ではないのだと思うがほとんど行くことはない。流動性が高くないということは、学校のメンバーは毎年ほぼ同じだし、出会いはあまりないし、仕事も大都市に比べると限られている。こうした、ありふれた「地方」の風景が物語の下敷きになっている。

 まあそんなことは改めて書くまでもないのかもしれないが、そこは辻村深月というか、一度舞台と決めた場所で生きる人たちの息づかいだとか人間関係の緊張感を書くのが抜群にうまい。端的に言えば不安と不満が満ちている。満ちているが、偏在しているうえ、溜まっている。ある日突然大爆発する場合もあれば、ちょっとずつキレを発揮してしまう場合もあって人によるのだが、すべての出来事に文脈があるのだ、ということを辻村は書こうとしているように思えた。

 本作で描かれる”事件”は近所泥棒であったり放火であったりといった比較的軽微なものから殺人事件や転落死、あるいは誘拐といった人の命に直接絡むものまで幅広いのだが、まったく当事者や当該地域に関係ない立場から見ればどれも非常にありふれている。新聞の三面記事に載るならまだしも、地方版でひっそりと記述されて終わり、という可能性も少なくない。いくつかのお話には事件を報じた新聞記事の文面が挟まれているのだが、それらを読んだだけでは流し読んで終わりだ。あくまでも文脈を知らなければ。

 話は少し変わるが辻村深月は直木賞の授賞式でわたしは短編を書くのは苦手だが、と口にしていた。デビュー作である『冷たい校舎の時は止まる』がそうであるように、文庫やノベルスで分冊される程度には長い作品を書いてきた経験が辻村の作家人生の始まりでもある。近年は連作短編や、かつてほど長くはない長編などいくつか初期とは違う試みを始めていて、前述したようにそのひとつとして本作も位置づけられるとは思う。

 短編が苦手なのは、短い中で人間関係を描きながら話を展開させようとすると、どうしてもどちらかが小粒なものになりかねないからと考えることができる。というのは、その両立が辻村のつくる物語の魅力であり、ミステリーをベースにしているがゆえのラストのカタルシス、につながってもいるからであって、短編でまったく同じことはまずできない。できない中で何ができるか、のひとつとして舞台を統一したことがまずひとつ。本書でも最初のほうの話はやや小粒な印象は否めないが、辻村らしさは十分に漂っている。壊れてしまいそうなくらいか弱いが、それでも壊れずに関係が続いていく、そうした人間関係のきわどいバランスを丁寧に、密に描写することに決して手を抜かない。短い中でも人間像をはっきりさせるため、よりリアリティを持たせるための工夫でもあり、読者をお話の中に引き込むことにも貢献している。

 圧巻なのは「芹葉大学の夢と殺人」で、のっけからネタバレになるので内容に関しては詳しく書けないが、大学時代に同じ研究室に所属し、またカップルでもあった羽根木雄大と二木未玖のその後を描く。その後、がまたこう真面目系クズなのかとしか言えない羽根木と、着実に自分の人生を歩きながら日々に物足りなさや鬱屈を抱える未玖という対比。大学時代の回想を交えながら、いまと昔のギャップに苦しむふたり、というお話。

 これだけならありふれているし、ありふれているよなあと思いつつ読んでいたらこれがなかなかこたえる。大学時代とその後が一続きになるということはなかなか難しく、あのときといまとでなんとかラインを引かないとうまくやっていけない、というのは俺もここ最近実感しつつあるのだが、そのラインを引けずにずるずる行ってしまう羽根木と、ラインを引く必要性を認識しているものも完全には吹っ切れない未玖、という微妙にもつれた関係性を辻村は描く。

 こうなると辻村節が炸裂する。簡単に言えば危険な関係であって、どこかでなにかが起こりそうな気配しかしないわけだが、この話が圧巻だったのは未玖がラインを飛び越える瞬間、つまり一気に覚悟を決めて線を引いた瞬間の行動が鮮烈だったこと、である。いや、行動自体というよりはそのときに考えていことに呆気にとられずにはいられなかった。やーすごい、すごいなあ。この話に関してだけは長編のカタルシスとそう変わらないくらいのものがあった。

 もうだいぶ長くなってしまったのでそろそろ締めようとおもうが、直接触れられなかった他の4編にも白眉だと思う箇所はいくつもある。総合的に「芹葉大学の夢と殺人」のクオリティが高くて、かつ個人的に引きずりこまれてしまったというのもあって今回紹介してみたが、読者の属性によって、あるいは経験によって読み方が少し変わってくるだろう。ここで書かれているような人間関係が緊密すぎる田舎とはそもそも無縁な人が読むとずいぶん新鮮なものに見えるかもしれない。それでも、日本のどこかでありふれて起きているだろうことを見つめ直すことは、もう一度いま目の前にあるリアルを考える材料にもなるはずだ。

*1 いつまで視聴可能かは分からないが、ニコニコ生放送のタイムシフトでここから視聴可能。 http://live.nicovideo.jp/watch/lv98428660


2012/7/22

短編集
1.仁志野町の泥棒2.石蕗南地区の放火3.美弥谷団地の逃亡者4.芹葉大学の夢と殺人5.君本家の誘拐)

初版
2012/5(文藝春秋)

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