光待つ場所へ


 デビュー作「冷たい校舎の時は止まる」にしろ、「名前探しの放課後」にしろ、読み終えてあらためて立ち返ったときに印象に残るタイトルをいままで辻村はつけてきたように思う。翻って本作は短編集という構成になっていて、「光待つ場所へ」というタイトルは読む前にすでにどのような話の構成をしているかを軽くネタバレしているように思えた。逆に、表題作をタイトルとして採用していないところから、単に短編を集めただけではなく、あるコンセプトによって構成された一冊である、ということが伝わってくる。

 タイトルの解題はこのあたりにしておくとして、本作に収められている3作はいずれもいままでの辻村作品からのスピンオフだ。「しあわせのこみち」では『冷たい校舎の時は止まる』で委員長をつとめていた清水あやめが、「チハラトーコの物語」では『スロウハイツの神様』で8人目の住人としてやってきた加々美莉々亜が、主人公をつとめる。そして3作目の「樹氷の街」はオールスター的な構成となっていて、『凍りのくじら』、『ぼくのメジャースプーン』、『名前探しの放課後』から登場人物が選ばれている。とりわけピアノ弾きの松永郁也は今回の登場で、辻村作品にはおなじみの、という枕詞がつけられてもいいくらいだ。

 まとめると、わりと容易に解題できるタイトルと、おなじみの面々という中で、お話としての安定感をもたらすことはできてもそれ以上の面白さを提供できているのだろうか、という危惧があった。前者の理由で購入したが、後者の理由で正直のめりこんで本を読む、ということはなかった。『鍵のない夢を見る』でも感じたが、ゆっくりと変化していく人間関係を丁寧に描写するところなど、の端々にうまいとは思うのだけれど、長編を読むときに感じる、これってどういう終わり方をするんだろうというエキサイティングさに欠けている。それはまあ、短編である以上しょうがないとは思う。思うのだけれど、とするならば長編とは違う形で面白さを提供しなければ、娯楽作品の提供者(としての作家)としてはいい評価はもらえないのではないかと感じる。

 「しあわせのこみち」はまだ読み応えがある。清水あやめと1人の女、1人の男とのきわどくもゆるやかな関係性を、ちゃんと書こうという思いが伝わってくる。長編のように極端なスピードアップはないものの、清水あやめのなかでじわじわと変化している感情を、ぶつけるのではなくてやんわりとほどくような形で結末につなげているのはきれいだと思うし、すっと腑に落ちる仕掛けとして機能している。

 行為の本当の意味を知らせるということと、言動の裏側を見せる、というはいずれもタイミングが重要で、このお話なら男、田辺颯也と清水あやめが互いに「このままでいい」と肯定的にとらえることができて初めて成立している。甘えではなくむしろその逆で、他人より優れた存在であるがゆえにあるがままの自分を発揮することが集団のなかでは困難になる。そうして自分を抑圧する、という体験は珍しいものではない。同調を過度に要求しないとしても、集団のなかで生きるには集団のなかで生きるための術が必要になるからだ。
 
 同じような悩みを抱え抑圧していたふたりに、大学の講義という場所で互いに目を向けさせ
、『冷たい校舎の時は止まる』で主役級の役割をつとめた鷹野博嗣を仲介役として介入させる。こうした構造自体はどこかで起きていてもおかしくはないし、学生生活の一シーンとして清水あやめと田辺颯也の関係を描くことのリアリティを支えている。

 「チハラトーコの物語」は途中までの展開にさほど面白さを感じなくて、最後のほうに『スロウハイツの神様』でオーナーをつとめていた脚本家の赤羽環と会話するシーンが一番面白かった。出来事として語られるそれまでの千原冬子の体験と、語られた上でまっすぐに言葉を返す赤羽環は、いろいろなことはあるのかもしれないが仕事をして、歳を重ねていくということの意味を年上の一人として伝える役割を担っている。

 「樹氷の街」は松永郁也と倉田梢をどのように引き立てて、舞台に送り出すかという構造がはっきりしているお話だったので、意外性はほとんどなし。きれいな引き立て方だとは思うが、展開に意外性がないからかさほど感動はしなくて、いい話だったな、という素朴な感想しか出てこない。

 とまあ、今回はバランスとしてはかなりばらけたレビューになったが、バランスのいいレビューならネット上にいくらでもあるだろうからそういうことでよしなに。あくまで自分が書きたいように書く、という路線を基本的にはずっと意識しているので、今後も変に型にはめていかないように書けたらいいかな、と思う。俺もそうしたものを読みたい。そのほうが読む「楽しさ」にもつながるのではないのかしらん、とね。あと今回確認したのは、あくまでまだまだ辻村は長編向きの作家であるということかな。


2012/12/18

中短編集
1.しあわせのこみち2.チハラトーコの物語3.樹氷の街4.アスファルト)

初版
2010/6(講談社)
2012/6(講談社ノベルス) ※4本目の「アスファルト」が書き下ろしで収録

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