名前探しの放課後


 このレビューを書く前にネットでいくつか感想を眺めてみたが、まあ思った通りに賛否両論というか好き嫌いが別れるのだなという感じを受けた。好まない理由としてひとつは今まであったように作品間のリンクがあること、もうひとつはトリックに関してである。個人的にはこのふたつは確かにこの作品の要素としては軽く見るべきものではないが、このふたつを否定することが作品全体の好き嫌いに繋がるのはもったいないな、と思っている。

 つまり、作家が本当に書きたかったものはトリックやリンクといった表象ではなくもっと別にあると思っていて、再読するならばトリックの整合性を確かめるのではなく、本作の本質となる部分をもう一度読み返したいと思う。辻村深月はデビュー以降ミステリ作家として本を出してきたのであるからトリックについては当然この文章でも触れるが、それ以上に彼女は物語書きとしての才能を高めているように思う。ただストーリーを届けるだけでなく、細部にもいくつものこだわりが見えるし、全くのオリジナリティがあるとは言えないにせよ辻村深月らしさというものは本作にも息づいている。

 高校の同級生の一人が自殺する―――その現実から引き戻された依田いつかは、ある違和感を持っていた。身に覚のある場所、時間、友人・・・だが何かが違う。時計が示すのは3ヶ月前の日付、にもかかわらず持っている今後3ヶ月間の記憶。ただひとつ、自殺した同級生の名前の欠落という例外をのぞいて。と、このあらすじを見たときにふと『冷たい校舎の時は止まる』の焼き直しか何かか、と感じたが読み進めていくと違いのほうが多かった。一番の違いは人間関係かもしれない。冷たい校舎では委員会の仲良しメンバーであったが、今回はいつかを軸とする即席メンバーである。いつかを一番理解している友人の秀人、秀人の恋人で秀才でもある椿、天才肌を持つ天木、そして読書家でありいつかと同じ中学出身、本作ではヒロインをつとめる坂崎あすな。彼らは3ヶ月後の自殺者を特定し、食い止めるために組織された機能集団という意味ではシンプルな行動を志向するし、それがゆえにトラブルを抱えたりもしてしまう。上手いのは、それすらも伏線として利用するところか。

 読み進めていて感じたが、うまくいかない歯がゆさと、同時にその歯がゆさを克服しようとする懸命な姿は若さの表れかもしれない。そうしたひとつひとつの行動が波及して新しいものが生まれていく、そうした人間関係の意外性を本作は多分に含んでいる。歯がゆさや違和感というものはトリックに繋がる伏線になっているから面白い。冷たい校舎、では過去の人間関係に焦点が当てられていたが、本作はスタートを現在とすると3ヶ月、もしくはそれ以上先の未来へ向けた非常にポジティブなストーリーだとも言える。読んでいる際はポジティブさを意識することは少ないけれど。

 本作で絶妙だな、と思ったのは依田いつかと坂崎あすなの関係性であり、そこから広がる学校を舞台とした日常性である。同じ中学出身、という以外には関係性がなかったふたりが未来における自殺と、現在におけるその阻止という要素で偶然結びつく。いつかの持つ幼さや短絡さ、あすなは過去から由来する自己嫌悪というマイナスなファクターをそれぞれに抱えていて、ことある事に顕在し、ふたりがぶつかることも多々ある。その様は『スロウハイツの神様』で書こうとした群像劇とはまた違う、高校という舞台で毎日当たり前のように繰り返されている日常の風景、という様子を感じた。

 『冷たい校舎の時は止まる』がいかにもといったミステリーの体裁をとっていたのに対し、本作は謎解きとしてのミステリーはあくまでも一つの要素でしかなく(だからトリック云々はそれほど本作の中で重要ではないと思っている)いつかやあすなを軸とする周りの人間関係がいつのまにか小説の中の存在というよりは、日常に落とし込められて読者の側に近づいているような気がした。後半、いつになく過去作からの登場人物の再登場が目立つのも、本作が書こうとしたのはどこにでもある学校の風景をベースにしたものだったんじゃないか、と感じさせる。過去の登場人物も、学校という舞台でなら自然と溶け込める。というのも、あのキャラは過去作からか、と気づいたのも読み終えてネットの感想を読んでみて気づいたことであって、本当に当たり前のように登場していたので気づかなかったのが素直なところである。

 もちろん、あまりにもありふれた学校の風景を書いたところで小説には成り得ないかもしれない。ただ、小説のネタや共感を引き起こすものとして多くの人が経験した高校生活というものは、共感を呼ぶものとしてはふさわしいだろう。終盤、クライマックスのシーンは爽快でもあるし、その爽やかさは学生であることの若さや熱さに多分に由来している。なんだ、本作はミステリーの建前をした青春小説じゃん、と気づかされるのである。

 この小説にこめられたメッセージであるとか、この小説にしかないオリジナリティというのが特別目立ったわけではないというのはちょっと物足りないようにも思う。ただ、辻村深月がここまでストレートな青春小説を書ける作家だということは今まで書いてきたものを読んでうすうす感じていたことであるので、ファンとして単純に読んでいて楽しかったという思いが強い。当然、ただ楽しいだけじゃなくてチーム内の紆余曲折、いつかとあすなのぎこちなくも共依存する関係性、それが相まっての群像劇。あのころに抱いていた不安や期待をここまで等身大に書ける作家はそうそういるものではない。

 あとは辻村深月にしか書けない物語を、ということにはなるが、それはまだまだ若い彼女であるのでこれから十分期待していいことである。近作は登場人物の年齢層を今までに比べると上げていたり、また直木賞にもノミネートされたようだし、着実に評価を高めているのは事実だ。彼女はどこまで伸びていくのだろう、楽しみ。


2010/9/22

長編

初版
2007/12(講談社ノベルス 上・下)
2010/9(講談社文庫 上・下)

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