しろいろの街の、その骨の体温の


 村田沙耶香の小説に登場する少女は匂いや空気に敏感だ。それは現実においても一部の少女たちがそうなのかもしれない。本作では『マウス』で書いたクラスの中の人間関係の難しさの延長にあるのと同時に、「しろいろの街」と形容される新興の郊外を舞台にしている。主人公である谷沢結佳の小学生時代と中学生時代が書かれるが、小学生時代はほんの序章に過ぎない。けれども、たった数年の間に街は変化する(あるいは変化を止める)し、人間関係は更新されていく。それはダイナミズムとは無縁の息苦しさを結佳に与える。嫌悪や憎悪が彼女を包み込むのだ。

 しろいろの街、とはその通りの意味で、新しくて真っ白な雰囲気に包まれる街を表現している。その街で生きる少女もまた、一般的には無垢と形容される年頃だ。街が膨張していくのに合わせるように、結佳の体は成長していく。していくが、街はやがて膨張を止め、結佳は成長してもなお抱えている未成熟さに嫌気がさす。小学生の高学年〜中学生の時期においては、女の子の体の成長は男の子より先行するということも(身体的にも精神的にも)頭に入れておくべきだろう。より大人に近づいた身体を持つ少女もいれば、まだまだ体に目立つ変化が見られない少女もいる。

 中学での結佳のクラスには小川さんという女の子が頂点に君臨する。小学生時代の結佳のそばには若葉がいて、若葉にあこがれるクラスメイトが多かった。だが、中学に上がると若葉は小川さんの上にはいけず、下僕や取り巻きのように小川さんに付き従う。小川さんを否定する人はもちろん誰もいない。

 若葉ちゃんは、小学校の頃から一緒にいる相手が喜ぶことなら何でも言う子だった。それは今でも変わっていないけれど、女王様のご褒美みたいに周りの女の子に喜ぶ言葉を与えていた昔とは違って、今はただ、小川さんに必死にそれをお供えし続けていた。(p.178)

 結佳は若葉ともう一人、信子と3人のグループを作っていた。中学生になるとこの関係は瓦解し、信子は同じ一番下の階層に属する馬堀とともに日々を送っていた。一番下のカーストは、いじめられたり、搾取されるためだけに存在すると言ってもいい。男子はそれに同調するように支配に加担するが、それは悪意があってのことではない。あくまで個人個人の考えではなく、個人の属する集団や組織における空気が全てなのだ。もちろん最下層の人間には人権などはなく、小川さんの発する空気が全てを支配する。

 道徳の教科書に何度書かれても、私たちは教室を支配する大きな力に逆らえない(p.221)

 つまるところ、誰もが自分の存在の脆弱さにどこかしら気づいていて、その脆弱さを補うためにはそれぞれの所属カーストやグループに従った同調戦略をとるしかない。そうした動きようのないナッシュ均衡はパレート最適ではないが、カーストやグループを超えて協調するという戦略は理論的にはあっても実際には無いに等しい。ナッシュ均衡であるがゆえに留め置かれた状態が不条理であっても、独力での戦略の変更は有効ではない。それぞれがそれぞれの思いを秘めて、日常生活を送るしかないのだ。

 そして思春期を迎えた彼ら彼女らには恋や異性が重要で、恋や異性が重要なのと同じくらい身体と性に敏感になる。村田沙耶香は『星を吸う水』で性欲をうまくコントロールできない大人を書いてきたが、本作では少女だからこそ性について不器用である部分が大きい。とはいえ、不器用であることをやはり少女は隠すし、逆手にとるように利用する。とことん結佳はメタ目線で周りと向き合おうとするのだ。そしてそれは遠いところから眺めるふりをすることで、自分自身の本心を覆い隠すという代償にもつながる。

 学校やクラスでは交わることがなくても、いったんその外に出て支配のルールから自由になったとき、結佳は伊吹という男子と多くの時間を過ごす。サッカーが好きで、男子のグループの上位にいて、女子からの人気もある。そんなリア充とも呼べる伊吹と結佳は小学生のころから習字教室が一緒という、他とは差異化できる関係性を持っているのだ。こうしてしろいろの街における、教室の外部の世界において伊吹と結佳は関係を深めていく。何度も何度もぶつかり合いながら、互いが違いを「嫌い」と明言しながら、それでも(いや、だからこそ)離れられなくなっていく。

 安直に言えば、男女の関係に二人が逃げるのはありきたりな筋書きではあるだろう。二人の関係は約束されていたものでもあり、かつ未知の世界でもある。二人が距離を縮め、互いの身体に触れるシーンはどことなく綿矢りさの『蹴りたい背中』を思い出したが、結佳は背中を蹴ることをせず、伊吹を受け入れて性的に消費しようとする。その行為が結佳の視点で説明されると背中を蹴ることがかわいらしく思えるほどにねっとりとした温度に満ちている。思えば『蹴りたい背中』も主人公がクラスの男子をメタ目線で観察しながら一人の男子(にな川)に挑発的に接近する話だった。

 読み終えて思ったのは、大人であれ少女であれ、村田沙耶香は「途上」の人間を書くのがうまいということだ。途上であるということは、たいていの場合「ここではないどこか」に憧れながら近づくことの難しさに苦しむことでもある。でもその痛みを適切に自分のなかに取り入れられれば新しい世界が開けるのではないか。終盤、街は再び成長を始める。その成長もまたいつか止むかもしれない。結佳と伊吹も、いつまでも二人でいる関係が続くわけではない。二人の「途上」には何が待ち受けているのだろうか。物語が終わったあとの余韻を味わいながら、その先の物語に少しだけ思いをはせてみたくなった。あと、最後になったが彼女の三島賞受賞を心から嬉しく思う。


2014/1/30

初版
2012/9(朝日新聞出版社)

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