風に舞い上がるビニールシート


 本書は第135回直木賞を受賞し、森絵都の名を世間にしらしめた。俺もその一人で、それだけでは呼んでみようという気にはあまりならなかったが、高校時代受けていた模試で本書から短編が使われていたことで読まなければいけないはめになってしまった。しかも終盤のシーンだけで、面白そうではあるが展開がさっぱりわからない。テストは結局ほどほどの点数で落ち着き、時間が経って改めて本作を開いた。

 文庫の裏のあらすじにも書いてあるが、自分だけの価値観や信念のために、迷い葛藤しながら生きる市井の人々を描いた、というのがストレートなところだろう。恋愛の要素を持つ短編もあるが主人公にとってはスパイスにすぎない。スパイスにすぎない恋愛は、往々にして衝突を生むことになる。それがわかりやすくも残酷に書いたのが表題作「風に舞い上がるビニールシート」だとしたら、最初の「器を探して」がそれほど深刻さを感じさせないのが不思議だ。

模試にとりあげられていた「守護神」は核となる人物が守護神たりうるまでの過程がこれも切実だけどユニーク。いずれの短編にも共通するのは人間関係というものの難しさとおもしろさを扱うことで、どれだけ物語の中で表現できるか、というところだろう。そういう意味では丁寧な心理描写はリアリズムでもあるかもしれないし、ストーリーそのものは少し違う場所で動いているような、そんな気をさせる。仏師だったり、水商売だったり、国連職員だったり。少しふつうではない仕事をする人物を、ふつうの世界と交差させながら描く。短編でコンパクトに収めることで、長編としてフィクションの部分を大きくしすぎない(表題作は長さもあり、少し別だが)からすっと読者の元に入ってくるような気がして、表題作以外は題材も設定も扱いが読み始めに思う以上に面白いことがわかる。

 いくつか感想を書いていこう。模試の問題にもなった「守護神」だが、ユニークな人間像や人間関係に加えて先入観を面白く扱っている。イメージだけでは判断できない人間の本質をかいま見るためには対話を重ねなければならないのだ、と。そもそも人をイメージだけで判断することに無理があって、それはほかのいろいろな可能性を閉じてしまうことにもなる。一歩先に進んで守護神の力を得るためにやるべきこと。そもそも守護神は何なんだ?漫画のようなテンポのよさもありつつ、あっさりと終わらせないで伏線を回収するところに手腕を感じる良作。「ジェネレーションX」でも同じようなテンポの良さとすっきりした読後感を得られるのでそちらもおすすめ。そちらは展開がややストレートすぎる気もするので、構成としては本作の方がおもしろみがある。余談だが、おそらく「守護神」の舞台は早稲田大学第二文学部だろう。これは単純に森絵都の母校でもあるからなのと、夜間学部で集まる学生の多様性を設定として扱っていることによるのだろう。

 表題作「風に舞い上がるビニールシート」は国連のUNHCRの職員という本書の中でも異色の男女が主人公。投資銀行で勤務していた里佳は東京での職員採用試験を受ける。そこで出会ったエドという面接官に惚れられ、関係を重ねていく。逃避として職員になった里佳と、現地での仕事に熱を燃やすエド。分かりあいたいのに分かり合えない、というような関係ではなく、はじめから最後まで一線を互いに引いたままの関係という書き方がストーリー的にも面白く、それが導くラストはおおかたは予見できたいたことだとしても、そのあとも里佳の描写を容赦なく続けるところに意味があるのだと感じた。失わないと気づかない。そんなことは多くの人が知っている。失った後に思うこと、すべきこと。この話がそのためのヒントなのかもしれない。

 入りやすさ、バランスのよさという意味でも森絵都の入門としてもふさわしい一冊となっている。一つずつ味わって呼んでほしい。バランスがいいだけに本作に限っては好きな話は人によって違うだろうし、そこに読者の思いが表れるのだろうと思う。俺は「守護神」かな。


2009/5/26

短編集
(1器を探して2犬の散歩3守護神4鐘の音5ジェネレーションX6風に舞い上がるビニールシート)

初版発行
2006/5(文藝春秋)
2009/4(文春文庫)

(2006)第135回直木賞

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