いつかパラソルの下で


 直木賞を授賞してから森絵都という名前をよく見かけるようになった。去年の進研模試でも直木賞受賞作が出題されたし、この夏『Dive!』は映画化もされる。そんなスターダムをのし上がった作家の一人。本作は、読み違えてなかったらもう少し楽しめたかなと思う小説だった。文庫版帯の“掴めるような気がした”は正しいと思うが、“ハートウォーミング・ストーリー”は少し言い過ぎの気もする。なにぶん『東京バンドワゴン』を読んだばかりだったから余計そう感じたのかもしれないが。

 柏原野々は25歳ながらフリーターとして職を転々とする生活。厳格な父親に育てられてきたせいで、20歳で家を出てからはもっと自由でいたいと思う気持ちが彼女をそうさせていた。兄も父親を嫌って家をとびだし、妹だけが家に残る。そんな日々が続いていた中で突然父が交通事故で逝去する。その父親の四十九日の法要で聞かされる事実。あの厳格な父親に、事故直前まで不倫相手がいたという。何がそうさせたのか?

 と、ここまで書くとミステリだと思ってしまい、そう読んでしまったというのもまたいけない。本作は実際それほど大げさな話ではない。父親の過去探しがメインだが、その“探る”という過程が丁寧に書かれていて、その上で兄妹がそれぞれ思案をめぐらしていく様は面白かった。表面的な展開よりも父親は何だったのか、自分の人生は何だったのか、そして今後どう生きていくべきか。

 3人ともがそれぞれ成人しているだけに、成長の物語というのも大げさか。妹だけは、冒頭と終盤で大きく変わってしまった部分もあるけれど。父親の不倫が誰にでもあるわけではないが、生きていく上でわだかまりやコンプレックスを人は避けられない。それに対する向き合い方、克服する力を本来人は兼ね備えているのかなあ、と思わされた。発想の転換、そして追求。逃げないことで始まる未来はいくらだって変えられると言うこと。

 野々を主人公にするにはあまりにも平凡すぎたという思いがある。彼氏の達郎でなくとも、なんだかなあという主人公である。まあ、だからその妹が引きしめたり兄がジョークを言ってくれるおかげで調和はとれている。あとは佐渡島の人々が個性的だったかな。脇役が目立つおかげで影が薄くなる主人公という図式は少し滑稽だった。ただ、普通の人の感覚を出すには野々が丁度良かったのかも知れない。読み終わって気づく設定の面白さだった。

 本作は三章があってようやく成り立っている。二章から三章への流れは劇的というほどでもないし小説の終わりとしては若干不十分かもしれないが、途中でもキーとなっている海を上手に使えたなと思う。綺麗すぎるとは思わないし、それでも開放感や自由がある、そういう場所。確かに、何かが掴めるような気がしたし、事実そのものに決着をつけるよりは、そんなものは小説の中だけだよと言わんばかりに、別段想像に難くない結末。だけど実際の終わりとしては読み心地がいい。新しい何かが始まると感じさせる終わりである。ハートウォーミング・ストーリーは言い過ぎだけど、海というモチーフを相まって爽快な終わりだった。それは少し意外でもあったかな。

 『Dive!』も読んだのだけれど受験も忙しかったしレビューを書けなかった。そちらでも確かにささやかな成長を描く上手さというのは感じた。時間があったら再読してもいいくらいだね。本作ももう一度読んだら、結末を知っているだけに少し見方が変わるかも知れない。そういうお話でした、と。


2008/5/21

長編

初版発行
2005/4(角川書店)
2008/4(角川文庫)

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