柔らかな頬


 タイトルは「柔らかな頬」なのだがこれに込められた意味とはいったい何なんだろう、それを巡る旅じゃないのかと思う。しかしながら、柔らかいというのは反対なんじゃないかと思ったんだが如何なんだろう。

 カスミが不倫相手の石山の別荘で家族で来ていたとき、突然娘の有香が失踪する。忽然と姿だけが消えてしまった存在。自分自身を破棄して、独りになる。石山は、夫道弘は、石山の妻の典子は。水島やその後自殺した和泉も含め、難解になっていく。そして時は経ち、カスミは独りで捜索を始めた。

 これは小説なのかと読み終えたとき思ったんだが。正直でポジティヴな意味で。内容は『OUT』のように凄惨でもなんでもないし、人間関係と言う面では『光源』に近い感じもするが、本作に至っては起承転結の幅が殆どない。途切れ途切れのストーリー。

 前半は手が止まらないだろう。石山との関係。自分勝手なのは昔から。どうなってもいいと思った過去。全てを捨て去って繋がってきた現在。カスミにとって何を意味したんだろうか。そして別れは、最大の悲しみである娘を失ったことに関しては。

 加害者という加害者でなく全てと言っていいくらい被害者だらけである。全ては失踪事件から繋がってくるわけだが、カスミが最大の被害者であることに変わりなく、カスミのせいでそれは広がる。隠せなかった不倫。寧ろ、それはカスミの意思だった。しかし、被害は自分だけじゃなかった。

 贖罪ではない。そういう話じゃない。タイトルは全て水に繋がる漢字二字で書かれているのは面白いなあ。多分気持ちを表現しているんだろう。更には重要度の高い、元刑事余命一年の内海にも、当てはまるものかもしれない。彼もまた、背負う物がある。

 全ては、果たしてそうでなかったのかは明らかにされていない。内海のラストシーンにしても、あっけなさすぎるという終わり方だった。もう少しまともな終焉を迎えられると思っていたのだが、逆に普通に終わるほうがいいのだと。自然さがリアリティを増す。

 本作に魅力的なキャラは誰もいないと思う。誰にも感情移入なんて出来るはずがない。元々そういうのが桐野夏生小説なんだろう。何にしても、マイナスな人間を書きつづって話を作るのが彼女の主体であるから、わざわざ意識しないのだ。キャラ作りは、重要。ストーリー立ても重要。彼女のオリジナリティの生きる世界で。いいストーリーじゃないが、刻み込まれるストーリー。直木賞受賞作というのは下手なレッテルじゃない。

 最終的に北海道を訪れるカスミと内海。そこには何があるのだろう、と。有香の死から更に時間が経ち、捨ててきた場所に残された物は。ないものがあってあるものがある現在。カスミは、何を思う。内海は、どう終わる。

 終わりへの旅が内海の思いならば、カスミは始まりを探す旅ではないか。漂流、水源と言ったタイトルが秀逸だろう。終わる場所を探し、終わり方も探す内海。何かを、しておきたかった。カスミにとっては始まりは、終わりのあとにやってくる。いずれは、立ち直らなければらならい。共通しているようで対照的な二人。

 さて本作はミステリーだったのか。それが分からない。桐野はそれを敢えて曖昧にして終わっている。中途半端というわけでなく、歯切れは良すぎるくらいの終わり方。敢えてミステリーにこだわらず、人を書いてみたかったのだろうか。

 いつも以上にリーダビリティを含んだ小説じゃないのか。引き込まれる、自分も流されていく。そう思った。読者にとっては、この小説を読み終えるまでの旅なのだから。


2004/12/19

初版発行
1999/4(講談社)
2004/12(文春文庫 上・下)

(1999)第121回直木賞受賞

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