ヘヴン


 この小説のことを知ったのは夏ごろに放送されていた「情熱大陸」で、芥川賞受賞作の『乳と卵』以来の刊行ということで特集されていた。本作は前作まで代表的だった関西弁を交えた独特の文体は影をひそめ、一般文芸と純文学のはざまに位置するような小説に仕上がっている。ところどころ中身にも踏み込んでいきたいので、ネタバレ等未読の方は注意されたい。

 中学二年の”僕”はクラスでいじめにあっていた。いじめグループのリーダーは同じ小学校で、クラスの中心格の二ノ宮。虐待のような仕打ちを受け、「ロンパリ」と呼ばれる日々。そんなある日、筆箱に小さな手紙が入っていた。

 わたしたちは仲間です

 この手紙を受け取ることで新しい出会いを迎え、そして新しい日々が始まっていく。この小説はすなわち”僕”がコジマと過ごした数ヶ月の記録。

 放送でも執筆の苦悩がうかがえたが、テーマは元よりセリフひとつひとつに悩んだ跡がよく見える。立ち読みはしたことがあったが初めて本格的に彼女の小説を読み通して思うことは、小説という表現に対して非常に真摯に望んでいることだろう。放送では「まかりとおっていることを一個一個確認していきたい」という言葉が印象的だったが、読んでみて思ったのは、川上は常識の中に埋もれてしまっている個々人の思考をえぐり出そうとした、ということだ。元々哲学が好きで日大の哲学科に通信教育で通っているというのも、彼女の思索の果てがこの小説に表れているということの理由のひとつだろう。主人公である僕の悩みは彼女の悩みでもあるはずだ。

 単純にいじめる側の論理といじめられる側という図式におさまりきらず、いじめる側は個々人によってばらばらなものが偶然つながっているだけ(百瀬と二ノ宮の論理は違うはずだ)だとか、いじめられる側はなぜ自分がいじめられるのかを自問するだけでなく他問もする。できあがってしまった図式の中に何があり、これからどういう方向に向かうのか。いじめを扱う小説だが学園ものや社会派というよりも、ドキュメントだ。

 病院で”僕”が問い詰めた百瀬(取り巻きの一人)が「意味はないが楽しくて仕方がない」と語った言葉が印象的で、彼らにとっては日常の楽しみのひとつに織り込まれてしまっている。コジマは「弱い者には弱い者の立場がある」と言う。小説として何かメッセージがあるというよりは(ないというわけではない)作家の思索をそれぞれの登場人物たちに語らせるようにしてメッセージを放とうとしているのではないか。絶対的に間違っている論理というものがこの小説には登場しないということも、語り部ひとりひとりの存在が際だっていることにつながっている。学校の外では”僕”の主治医の論理も個性的で面白い。

 本作はハッピーエンドが否か、これについても書こうと思う。主人公目線からの筋を見る限りはありふれた展開だしありふれたハッピーエンドかもしれない。ただ、ふたつの喪失は何を意味するのか、これを考えないといけない。コジマとの日々は”僕”に初めて日常を楽しむということを与えた。同じ悩みを持ち、同じ弱い者だからこそ共闘することができた。部活動でもしていない限りクラス単位で人間関係が左右される中、同じクラスに救いがあったことは大きな意味があったに違いない。それはかけがえのない日々であったのだろう。そしてコジマは”僕”の眼にひかれた。昔持病の都合で斜視の経験があるから分かるのだが、目を見ると明らかにおかしいことが分かる。”僕”の斜視がどれほどひどかったのかは分からないが、目を治して綺麗な目でコジマを見たい、とする気持ちはよく分かる。ただ残念ながら、そこがすれ違いの、そして別れの始まりだったということは皮肉にすぎる。この展開を用意したのはありふれたハッピーエンドを避けるという以上に、コジマの哲学の独特さを強調させることになっている。読み終わって思うのは、いじめというテーマはあくまでもコジマという存在と彼女の思考を際だたせるための手段でしかなかったのかもしれない。物語が終わってもコジマの日々は変わらない。

 もちろん帯にある通り百瀬やコジマを通じて善悪とは何か、を問おうとしたのは分かる。ただそれではやや物足りない気もする。個人としてはだけど、あくまでも”僕”が何かを得て失うまでのドキュメントにすぎないと思っている。ラストシーンはほっとしたようで何かがなくなってしまった相反する読後感があったことは、ハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、また”僕”の新しい日常と生活が始まっていくという、それだけのことを暗示するエピローグだった。続編はないだろうが、できるならコジマのこれからを見てみたい。彼女にも救いはあるのかどうか。そこで彼女が何を得て、何を失うのか。一番は彼女が何を思うのか、そこに興味がある。それくらい、コジマの存在感にはひきつけられるところがある。

 レビューとしてまとまりが悪いと書いた自分でも思ってしまうが、特に後半で内容に踏み込んだところでまとめようがないことが分かった。まとめてしまいたくない。読んだ人が読んで感じたことを書きました、というだけでも今回はしょうがないかな、と思います。逃げではなくてね。



2009/9/17

長編

初版発行
2009/9(講談社) 

(2010)平成21年度芸術推奨文部科学大臣賞新人賞受賞

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