ゲイルズバーグの春を愛す


 ハヤカワ文庫の100冊という企画で書店の目立つところに並ぶようになった本作。新城カズマの『サマータイムトラベラー』でも度々言及されていたジャック・フィニィという作家の心温まるタイムトラベルものの 短編集である。誰かに対する愛をテーマにした話も多いが、街や時代といったものをテーマにした話も多い。切ない系とはちょっと違うと思うけど、アメリカでのノスタルジーの魔術師、かも。

 静かな田舎街、アメリカはイリノイ州のゲイルズバーグにも近代化や開発と言ったものが当然のように押し寄せた。そんな時、工場を建設しようとした男が体験した奇妙な出来事。曰く、ある夜に市電が突如男の前に現れ、朝にはレールもろとも消え去っていたという。警官に弁解しても聞き入れられず、ゲイルズバーグの地から去ろうとしていた。新聞記者の主人公は他の奇妙な出来事の調査にあたる(「ゲイルズバーグの春を愛す」)

 古き良き時代を愛する気持ちは日本もアメリカも、多分世界中どの国でもそれほど変わらぬものではないだろう。その一人である主人公の立場を生かして数々の珍事件を紹介する。そんな表題作だけでなく全体的に連なっている“あらまほし”という人の想い。フィニィは未来ではなく過去にその眼差しを向ける。共感を得やすいというのもあるだろうし、まだ見ぬ未来を描くより描写しやすいというのもあるだろう。

 最後の数ページで逆転させる手腕はなかなかで、「愛の手紙」などは一見すると悲しくもある結末に温かさを残す佳作であると思うし、単純な発想に付け加えられたフィニィの発想が読後の感慨を増幅させているように思う。タイムトラベルというのがどの話にも共通する中でどういった味付けを施すか、というのが本作のフィニィのテーマになっているようで、その中でもこの話はロマンチックにすぎる。

 「大胆不敵な気球乗り」などは最近読んだ「天の光は全て星」の主人公を思わせるような純粋さを持ち合わせる。逆に「もう一人の大統領候補」のチャーリーが持ち合わせるものはまた別のものであり、少年時代のエピソード、というところに騙しが入っているのはやられた気がした。それなら乙一でも書きそうなものだがラスト1ページでまた目をそらされていたことを悔やむ。

 人のぬくもり、という点では「独房ファンタジア」をあげたい。「大胆不敵な気球乗り」の主人公に似た一途さを思わせる主人公を持ってきたかと思えばラスト数ページの逆転は、トリックとしてありがちなものを避けながらも人のぬくもりを複数からめている。刑務所、と言えば考えそうな展開をするりと交わすまでは何とも思わなくても、そのあとの展開が上手い、というよりも綺麗なのだ。

 郷愁、皮肉、夢、温かさ。人が持っているもの、抱えているもの、感情。上手くは言えないんだけど、筋書きとしてタイムトラベルものの短編集以上の短編集であるのは言うまでもない。一つ一つの話で小さな奇跡を目撃し、最後まで読み終えたときの不思議な幸福感がたまらなくよかった。短編それぞれの繋がりはまったくないんだけど(舞台がアメリカというくらいか)全部読み通さないと一冊の本として楽しめない要素がある。ああ、本当に。文章がうまく書けないことが悔やまれるくらいに、読んでくださいとしか言えない。

 過去に目を向けることで忘れかけていた、もしくは忘れてしまっていたものを思い起こすという経験は長く生きれば生きるほどあるのではないか。そんなことを考えながらも、フィニィの見ることのできなかった21世紀を生きることを幸せに思う。フィニィが過去の物語を届けてくれるから、それだけの時間を生きている気に、ほんの少しでもさせてくれるからだ。これだから読書はやめられない、という一冊。SFを普段読まない人でも読めるのも、本作の魅力だろう。多くの人が読むことを望む。こういう作家、本を復刊させるとはハヤカワはなかなかやるじゃないか。まあ、未だ知らぬ面白い外国作家はまだまだいるということなのだろう。


2008/10/12

短編集(1ゲイルズバーグの春を愛す2悪の魔力3クルーエット夫妻の家4おい、こっちをむけ!5もう一人の大統領候補6独房ファンタジア7時に境界なし8大胆不敵な気球乗り9コイン・コレクション10愛の手紙)

初版発行
1972年(早川書房)
1980/11(ハヤカワ文庫)

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