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 『MOMENT』からもう7年になるのか、と思う。割と早い頃から続編を、という話は聞いていたので、ファンとしては待って待って待ち続けた新作である。たまにしか新刊ハードカバーで買わない俺も、大学生協で見つけた瞬間にレジに持っていったほど、あの話の続きを楽しみにしていた。神田と森野はそれぞれどうなったか、また2人の関係はどうなったのか。今回は森野が主役で、葬儀にまつわるちょっと変わったエピソードが3つ収められていて、エピローグとしてシリーズ全体のちょっとした種明かしがある。終わり方としては綺麗すぎるね。本多孝好のセンスは全然おとろえていない。

 森野のモノローグから始まるプロローグ、高校時代の同級生佐伯杏奈と、その父篤弘の死をめぐる「空に描く」、故人の式をやり直したいという女をめぐる「爪痕」、生まれ変わりかと思うほど故人のエピソードを知る少年と老婆をめぐる「想い人」、そして佐伯杏奈と森野の後日談をつづる「空に描く(Reprise)〜エピローグ」の大きく分けて4編がおさめられている。

 前作の主人公は神田だったが、今回は森野と、葬儀屋の人々である。森野についてあまりはっきりした印象はなく、つかみどころが分かりづらかったのだが、森野の一人称を基本として薦められていく本書では、森野のことが分かりすぎるくらいだ。仕事について、クライアントについて、神田について。素直だけど、不器用。照れはないけど、淡々と仕事をこなしているわけではない。

 本作では森野がどんどんこっち側の普通の人間に思えてきて、本作では大学を卒業しアメリカに行ってしまった神田がむしろ遠い存在に思えるのは、前作と視点を真っ向から変えたことで得られる感覚だろう。単純に続きのお話を、そのストーリーとしての魅力もさることながら視点を変えることで心の動きを鮮明に表現することが出来ているし、前作を読んだファンの楽しみを満たすには十分だ。前作からの7年という時間も、子どもの部分が残っていた時代から、大人として地に足を着けて歩んでいるという、たしかな成長を感じられる。大人になって変わる部分変わらない部分を堪能できるのは単純にファンとして楽しい。単純な続編というだけでなく、時間をきっちり区切っていること、語り部を変えるだけでここまで楽しめるのかと思う。むしろ別物と思って読んだ方が自然なのだな、と思えるから面白い。

 大きなポイントだと思っているのは、前作は死を前提にした心の動きを書いたものであったと思うが、本作は経験した死とどう向き合うか、である。どちらも人が生きていく上で経験していくことであるし、経験から得られる心の動きもまた異なる。「爪痕」にそれが顕著だろう。人の死が招くものは、故人の遺産のようなものかもしれない。誰もが現実を受け入れられるほど、人の死という事実は重くないということなのか。取り返しのつかない事態ということもだが、何より故人の思いとは離れたところに残された人の思いがあるということだろう。

 『MOMENT』でもそうだったが、死を扱うにしてはシリアスさを感じさせない。むしろシリアスさを排除しているところがポイントと言ってもいい。森野が仕事として人の死を扱うということからも、重さばかりを全面に出していられない森野の事情も伝わってくるし、シリアスさを排除するのは人の死というものが誰にとっても当たり前のことであり、題材としてどう扱うかに作家の手腕が発揮されている。「想い人」での少年に対する竹井と桑田の人の良さが分かるエピソードなんていうのは思わずにやにやさせられた。「想い人」は登場人物全員が非常に自然体に描かれていて、それがよりリアルな感覚として読後に得られたのだろうと思う。幽霊の少年というアイデアよりもむしろそちらの丁寧さが際だっていた。最近では中田永一がこういうゆるやかであたたかみのある文体の短編を書いているように思うが、本多がこういう文章を書くとは思わなかった。本多=恋愛小説のイメージが多いからかも知れないが。

 「空に想う(Reprise)〜エピローグ」を読んで本多がこの本を書いた本当の理由が分かった気がした。森野に焦点を当てる意味は、彼女の成長を書くためだけじゃない。本多=恋愛小説のイメージは間違っちゃいなかった、とも思わせるラストである。
 
 7年間という時間、遠くにある神田の存在。それらの要素もさることながら、というかそれがないと本当の意味での醍醐味はないが、森野の葬儀屋の社員である竹井と桑田の存在がいい。竹井はどっしりとした、桑田は言ってしまえば雑な存在であるが、彼らが森野を日常的に一人にさせていないのである。非日常な存在になってしまった神田、そして7年間かけて手に入れた日常。本作は森野の人生の一部を垣間見るような感覚で読むことができた。その一部が森野にとっては大切な日々なのだろうと、思いをはせつつ。タイトルの意味もなるほどね。

 2010年代最初の読書を爽やかな幸福感をともなって終えることができました。読書はいいね。小説は素晴らしい。



2010/2/14

連作短編集
(0.プロローグ1.空に描く2.爪痕3.想い人4.空に描く(Reprise)〜エピローグ)

初版発行
2009/10(集英社)
2012/3(集英社文庫)

本多孝好と、モデル/女優である杏との対談はこちら
執筆までのエピソードも読めます。ぜひ一読あれ。

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