卒業―雪月花殺人ゲーム―


 ようやく加賀恭一郎シリーズに手をつけてみた。『放課後』のあとに書かれた2作目というのはあとで気づいたのだが、ここから今に連なるのだから息の長いシリーズである。初期らしく本格へのこだわりが見られ、伏線の使い方は十分に冴えてる。大学生という主人公たちを、これも若かりしころの東野が書いているからだろうが解説にあるように等身大の存在になっている。今とはさすがに雰囲気が違うが、学生らしいつるみやぐだぐだと言った風景はいつの時代も変わらない。男と女の関係を楽しみつつ、何かと難しいというかやっかいなのもこの世代の特徴だな、と読み終えて気づいた。


 卒業を控えた大学4年の秋、加賀の女友達の一人が自室で死んでいた。彼女の名前は祥子、加賀も付き合いのある藤堂の恋人だった。窓と扉には鍵がかかっており、密室での事態と現場の状況から自殺とみなされたが、祥子の親友である沙都子と波香はそれぞれ真相を探ろうとする。加賀もほのかに思いをよせる沙都子と手を組んで事件を洗い直そうとするが、高校時代の恩師を訪問した際のお茶会で、ふたたび事件が起きる(この二件目の事件が副題の雪月花殺人ゲームにあたる)

 加賀というキャラクターがどういう人物で、どういう魅力がありシリーズ化されているのかに興味があったが、加賀自体は非常に地味というか、行動はともかく言葉やふるまいは静かな人物である。事件の真相を探る以外は「うめるだけ」という卒論を書くか、剣道部の一員として竹刀をふるうか、沙都子たちと喫茶店でつるんでいるかというどこかありふれているが、別段派手ではない学生生活。剣道では全国レベルの実力を持ちながら鼻にかけることもせず、途中である人と出会ってからは自分との戦いに身を置くというような、若干硬派な面も備えている。顔はさすがに分からないが存在感のそなわった男なのだろう。これで教師になられたら女子生徒がおびえかねない。刑事になった理由が人柄からはよく分かる。人付き合いを嫌うわけではないが、他人に対してはある意味ドライなところ、もかな。そんな頭で思考して行動する加賀と、感情を行動にうつす沙都子ははためから見ればいいコンビである。

 一つ目の事件が本格ものにありがちな密室の謎解き、つまりは構図の問題であり、二つ目の事件はゲームでどうやってイカサマをやるかの問題だ。二重の意味で読者の頭を使わせ、しかもそれがすべて繋がらなければならないという点で難解だが楽しませてくれる。単純な連続殺人でもなければ、フーダニットと思わせホワイダニット、つまり動機を重視してくる点が興味をそそる。大学の仲間内の事件に動機を持ち込むということは、tまりは仲間の関係にほころびが出てくるということでもある。当たり前のようにできあがった関係も、あっけなく崩れていくものだというのは読む前からなんとなく分かっていたことだけれど、

 剣道場、テニスコート、喫茶店、バーといった加賀たちのありふれた風景の描写と、あとになって分かる事実をかけあわせてみると、どんな事件の犯人であれ誰であれ日常の風景というものがあり、何らかの事情で日常から外れてしまっただけなのだ、とふと思った。悲劇は遠いところにあるだけじゃない。大学生活という日常とそうでないパートの書き分けがはっきりしているからよりそう思わせる。加賀が剣道に打ち込みたくなる気持ちも分からないでもない。

 大学生である加賀たちを見つめる大人の目線は刑事たちだけでなく、高校時代の彼らの恩師である南沢雅子の存在も、目立ちはしないがストーリー上重要な立ち位置にいるなあと思う。雪月花の式ではもちろん、それ以後も彼女は間接的に加賀たちに関わる。以前と同じように、当たり前のようにそっと。いいか悪いかは分からないが、読み終えてみると彼女が加賀たちのでもあり、ストーリーの緩衝材だったのだなと気づく。

 卒業を控える立場、殊に大学生の場合はこれから社会に出て行くという立場だからどことなくやるせなさもつきまとう。今のこと、将来のこと、周りのこと。上手くいっている間などほんの一時なのかもしれない。最後は不思議な余韻が残される。これからのんびりとこのシリーズに付き合っていこうと思う。


2009/10/16

長編

初版発行
1986/5(講談社)
1989/5(講談社文庫)

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