BEATLESS


 ブログ「基本読書」で知られる冬木糸一が「物語を体験して、心が震える瞬間がある」と書いてあることもあって購入した。小説の単行本を定価で買うのはままあることではないが、二段組みで650ページに至る分厚さで、全15章という壮大な物語にワクワクせざるをえない。また表紙を描いているのはボカロ界隈ではsupercellで有名なredjuiceさんではないか!ということで、最初に書店で見かけたときにほぼ迷いなくレジに持って行った。

 読んでみると、はじめから最後まで一直線だ。全15章という構成はそれぞれの章立ての切り方が非常に気持ちいい。連載されていたこともあってか、各章のなかでの盛り上げ方がうまいと感じるのと、クライマックスに向けてテンションを上げるとともに「じわじわくる」感じがたまらない。個人的には1章ずつをアニメの1話を鑑賞するように楽しんで読めた。しだいにキャラたちの思惑が絡み合い、戦い、そして散っていく姿を思い浮かべながらの読書は通常の読書体験では得がたいものがあった。このあたりをうまく表現できればいいのだが、「じわじわくる」とお茶を濁しておこう。その読書体験そのものがこの小説の持ち味になっている。

 アニメのようにと書いたのはいくつか理由があって、キャラの見せ方やAIの感情表現、テンションが上がっていくとともに絡み合う人間関係(人とロボット関係、とでも言うべきかもしれないが)のドラマチックさ、そして何より短くコンパクトでありながら、その分シーンが容易に想像できるようになっている台詞回し。叫び、叫ぶ。その衝動、その瞬間そのものを楽しむのはあまり文学的ではないのかもしれないが、エンターテインメントとしては一級の面白さを兼ね備えている。

 世界観の話をしておこう。科学技術が発達した近未来、ヒューマンノイドインターフェイスエレメンツ(hIE)と呼ばれる人型アンドロイドが人の役割を代替するようになった世界が舞台になっている。技術が絡むということは背景には大企業がいるし、政治的思惑もある。ある意味この手のSFものでありがちなのは、ちょうど今フジテレビのノイタミナ枠で放映しているPSYCO-PASS(サイコパス)もそうであるが、社会を構築しているシステムへのカウンター的な存在と、秩序を維持するものとと戦いだ。サイコパスがこの形でいう組織対組織の話なら、伊藤計劃の『ハーモニー』は個人対個人の話にスケールを設定している、という違いこそあれ、珍しい形ではない。うぶかたのマルドゥックシリーズやシュピーゲルシリーズも大きなカテゴリとして含めてよいだろう。

 その上で『BEATLESS』にある新奇性は、もはや人は前面には出てこない点にある。テクノロジーに対する人の戦いでもなければ、テクノロジーを利用した人の戦いでもない。争われるのはAIをめぐる思想の闘争であり、hIE同士の生々しい肉弾戦である。いやロボット同士なのに生々しいという表現はおかしいかもしれないが、人もhIEも身なりはほとんど同じなのだ。つまり、人間とは何か、という問いが根底に流れている。何が人間らしさを決定するのか。人型インターフェイスであるhIEに「恋をする」という行為は果たしてごくありふれている、とみなすことが可能なのか。

 しかし、この見方も妥当ではないかもしれない。あくまでロボットは人の手で作られる、という事実をどのように評価すべきかも重要だろう。人の手を離れてしまったロボットは自律しているように見えるが、しかし人の作った社会や世界で生きているということに変わりはい。つまり、ロボット三原則にも書かれていることだが、人の秩序に対するロボットの抵抗は想定されていない。

 今まで書いてきたような<大きな社会>に対して、少年という存在はちっぽけな存在でしかないのか。しかしさすが長谷敏司なのだろうと思うのは、SF的な大きさとライトノベル的な軽さをハイブリッドにしている点だろう。主人公であるアラト、ケンゴ、リョウはまだ17歳でしかないし、とりわけアラトの単純さと「チョロさ」は<大きな社会>に対抗するには致命的とも言える。

 あるブログ記事を読んでたんだが、そうかこれってFate的にも読めるんだな、と思った。5体いるレイシア級のhIEはこの社会では力量的に英雄そのものだし、hIEは特定の個人をオーナーとしてみなすことができる。これは立派なマスター/サーヴァント関係(もっと一般的に言えば本人/代理人関係)だ。Fateは血をめぐる大人の戦いに衛宮士郎が巻き込まれるのに対して、hIEを使役するのが良くも悪くも大人になりきれていない17歳の少年たち、という点をのぞけば。そしてその17歳スピリットが『BEATLESS』全体を軽妙に盛り上げていることを考えれば、長谷敏司はたいしたものだよなあ、と感じるわけだが。

 さて、ここまで書いてきて触れられていないことが多々あるが、最後に触れておきたいのはアナログハックという、人の意識に介入するhIEの機能だろう。一方的ではあるが、人にとってもhIEにとっても「幸福な関係」を成り立たせているのはこの機能あってこそだし、アラトとレイシアの関係性もこれなしには成り立たない。自律した感情を持たない「はず」のロボットが、人の感情に主体的に寄り添うことができるのであれば、もうそれは立派に人を超越しているといってもいいかもしれない。その点で、本作のなかでもっともクリティカルな要素である。

 ちなみに、2012年の最後に読んだのがこの一冊だった。買ったときにすぐ読めばよかったと後悔するくらいには、なぜか年末にとっていた本になってしまった。見方を変えれば年の瀬にすばらしい読書をできたとも言えるので、この本に出会えたことに感謝しておこう。『円環少女』もちゃんと読まないとなあ、けっこう長いけど。そんなふうにわくわくしつつ、紅白初出場を果たしたももいろクローバーZを横目に2012年の読書を終えたのでした。超楽しかった!


2013/2/4

長編

初版
2012/10(角川書店)

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