Twelve Y.O.


 今年大ブレイクすることになった福井晴敏の第44回(1998年)江戸川乱歩賞受賞作である。前年『川の深さは』で受賞を逃したが本作で受賞することになった。はっきり言えば『川の深さ』のほうが上で、本作は下がってしまう。そして、前者を呼んでふまえておかないと、ストーリーに深く入りこめない。一応、『終戦のローレライ』まで読んで一周してきても特に後半部分は読み難かった。複雑で、難解だ。でもそれが、普段自分たちが気づいていないことを描写しているのは確かだ。日本とは、国家とは。『亡国のイージス』にも続く設定が、本作でそのテーマは大きく表れている。

 沖縄から米軍海兵隊が撤退した。一人の電子テロリスト、“トゥエルブ”によってそれは成し遂げられた。改良を重ね最強と化したコンピュータウィルス「アポトーシスU」と謎の兵器「ウルマ」を使うトゥエルブは、絶対の保証を約束されたBB文書を手に取り、更に揺さぶりをかける。そんな中、元ヘリパイロット、自衛隊員の平貫太郎は自衛官を勧誘中に旧友、東馬修一と再会する。しかし、平は夏生由梨らに拉致監禁され東馬がトゥエルブであること、唯一他人に接近したこと、彼を捕まえ出すと言うことを明かされる。

 最初読んだときは流れを淡々としか把握しておらず。人物造形がよく出来たものだな、と思っていたのだが、今回再読してみてレビューもリライトしてみて、『川の深さは』を更に上回るストーリーだということを再確認。本作はアメリカに頼るしかない日本と、その矛盾をトゥエルブの意志になぞらえて書いている。

 登場人物達それぞれが背負う物があって必死に生きている。死を目の前にして、どこまでも自分を貫いていけるのか。または、できないのか。『川の深さは』から来る福井のスタンスであり、テイストだ。平は桃山と似ているが。護と理沙は、保と葵の構図とはやや異なっているのも魅力。互いに守り、生きていこうという意志は、単純に保が葵を守というものではなく、薄いようで深い信頼を互いに寄せ合っているのか。

 生きていくのは難しい。悲しいことは多すぎる。単純にそう思わせるのが一つと、日本という国家。特にアメリカとの関係に対する矛盾を書き込んでいるのは福井らしい。そして、沖縄の基地と、自衛隊の存在意義である。何故日本はアメリカに沖縄基地を有させるのか。日本は、国家を守るための自衛隊とは果たしてなんなのか。戦争を捨てた国がそれを持つ意味は、そしてどうあるべきで何をすべきか、云々。

 後半の展開が凄まじいのとともに、読み解いて行くには非常に難解だ、だがこのストーリーテリングには魅力を感じずにはいられないはず。生きていく理由を見つけた理彩、自分の意志を確かめた護。そして、国家を相手に戦う東馬の意志。フェイクにつぐフェイクの連続は鮮やかで、エンディングも鮮やか。最後の攻防はシーンの連続や展開が『川の深さ』より上だろう。とんでもないものを書いたともいえるか。

 実際今後の活躍を見ると出るべくして出てきた作家だ。そして、まだまだ書き続けて欲しい。そう思える作家だ。本当に。


2004/2/2
rewrote 2005/9/26

長編

初版発行
1998/9(講談社)
2001/6(講談社文庫)

(1998)第44回江戸川乱歩賞受賞

Back