後藤さんのこと


 めでたく今年前期の芥川賞を受賞した円城塔である。最近書店に行くとフェアをやっているところがいくつかあるようで(もう一段落したかもしれないが)基本的には特定の層が読んでいるだけだった作家が多くの人に膾炙するのは新鮮に思える。とはいえ、円城塔をちゃんと読み解けるかどうかは定かではないが。

 ただ、読み解けるかどうかはさほど重要ではないのではないか、と円城塔を読む度に感じる。どこかのインタビューで本人もそのようなことを言っていた気がするし、読み解けることを意図するなら同じような内容でもさすがにもっと平易に、一般向けの言葉にして書くだろう。だがそうではない。そのことにどのような意味があるのか、ということを気にしながら文庫落ちした『後藤さんのこと』を読んでいた。

 表題作は文字通り後藤さんについてのお話である。後藤さんについての記述がそれはそれは延々と続いていく。同じような手法を"The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire"でもとっているが、「後藤さんのこと」のほうがより例示的であって、その分ある意味(意味が分かるかどうか)は別として。具体的だ。だから読んでいて面白いのは、後藤さんとはなんぞやということが読みながらどんどんインストールされていく。単純な記述もあるし概念的な記述もある。後藤というと人の名字のようだがそもそも人間だとは明示されていない。生きているし卵を生む(p35)らしいからおそらくなんらかの生命体なんだろうが、56億年前にも存在を確認できる(p40)らしい。これだけでも十分になんじゃらほいである。

 『Self-Reference Engine』は短いながらも話の筋は個々にあって、それらが少しずつ連関しているのが全体としての醍醐味だった。そのあとの『Boy’s Serface』では難解ではあるが前作よりも骨太なお話が量も増して並べられていた。ただ本作はこう、話の筋はあるのだろうけど読み取れないし、そもそも箇条書きで概要が並んだ"The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire"は小説なのかどうかという問題もある。正直、いまこうやって文章を書きながらではあるが本作について短く語れ、と言われても無理である。今回ばかりは。

 それはつまり、本作が小説として面白いとも面白くないとも断定できないということでもある。ちゃんと説明できないものの価値判断をどうやって下せばいいのか。ただ、あくまでそれは小説として、お話としてであって、円城塔が本作で試みたことやつづられている文章がつまらないわけでもない。むしろこんなもの読んだことないという意味では(円城塔を読む度に同じことを感じさせられるが)めちゃくちゃ面白い。

 ひとつ言えるのは、いままでよりも明確に数理的なパズルである、ということだろう。後藤さんという概念について長々と記述する「後藤さんのこと」が典型的だが、「墓標天球」は数字と記号の書かれた立方体を何らかの比喩として用いることにとって、パズル的な読解を数理的に具現化している、とも言える。小説は文章でつづられるものであり、それは一般的には多分に(あえてこの言葉を使うと)文系的なものである。円城塔の出自は文系ではない。そうした作家は過去にも何人もいるが、小説という文系的な領域に大胆に数理的要素を持ち込む作家は読んだことがない。森博嗣はあくまで理系的なレトリックに、瀬名秀明は膨大な科学的知識をSFに動員したが、円城塔は彼らとも異なる試みを行っている。

 ただそんなことくらいは今までにも分かっていたはずで、ようやくある種の本領が発揮されたのが本作なのかもしれない。そんなことを思い、よく分からんが面白いなあと考えながら本を閉じた。


2012/5/29

短編集
1.後藤さんのこと2.さかしま3.考速4.The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire5.ガベージコレクション6.墓標天球)

初版
2010/1(早川書房)
2012/3(ハヤカワ文庫)

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