Boy's Surface


 極度に数学に特化した小説、とでも言えばいいんだろうか?この小説をたとえるのは非常に難しい。数学的とは言っても、「数学ガール」シリーズのように数学そのものでもない。あくまでも物語が先にあって、でも数学が組み込まれていて、ストーリー全体を一つの計算式のようにして進んでいく。ミステリーの書き方は考えてみれば数学的であると言ってもいいかもしれないが、ミステリーを意識しているとも言えない。むしろ恋愛に特化していることを考えると、人の気持ちがミステリー、というのは少しとってつけすぎか。少なくとも前作よりもはるかに、SFではないし、本稿も小説全体を概観する程度にしかできなかったのはまず最初に述べておきたい。ただ、概観から始めないと読み込むことは困難ではないか、とも思われる。

 レフラーとレフラー球にまつわるお話である表題作、膨大なキャサリンと霧島梧桐そしてゴルトベルクという人物のお話である「Goldberg Invariant」、文章の作法を読み解きつつ僕と彼女にまつわるモノローグが時系列的に展開していく「Your Heads Only」、アガートとフレガートへの言及が続く「Gernsback Intersection」、そして解説という名の「What is the Name of This Rose?」の4編プラス1編が収められている。正直、よく分からん。表題作が一番入りやすい、というのだけは分かる。だんだん難解になっていくあたり、それこそ数学の問題を解いているようでもある。小説を読んでいるはずなのに、普段とは全然違う脳みそをかき回されるような。

 簡単に言えば、円城塔がやろうとしたことは言語と非言語、もっと言えば小説と数学の融合なのだろう。数学がテーマになっているのではなく表題作と「Your Heads Only」では明確に恋愛がテーマになっていて、この2編は人間関係を描写する際に過剰に意識的に数式を用いている、とでも表現すればいいだろうか。それも、答えの提示されない問題を、である。いやそもそも前述したように普通に読んでるだけではよく分からんので、まず読み解くというところから始めなければならないのだが。

 そう、出発点は「読む」ことなのである。こう考えるとテーマを恋や愛に設定しているのも非常に興味深い。たとえば「Goldberg Invariant」は明確に恋愛小説の体裁をとっているわけではないが、霧島がキャサリンに向ける目線は愛といって不可分ではないだろう。「Gernsback Intersection」はボーイミーツガール(もっといえば、仮想としてのボーイミーツガール)であり、恋の始まりの一歩手前のお話である。

 愛や恋という容易に言語化されない、そして安定か不安定かも分からない感情は、読み解くことすら困難だ。だったら機械的に無機的に表してみたらどうなる?という一種の意思が見てとれなくもない。表題作はそもそもレフラーとは何者なのか、について明確に定義していないが、レフラーという一個体を規定する以上のことをはじめから避けているといってもいい。そして意図的にレフラーとレフラー球という言葉を使い分けることによって起こる混同を、作者自身が望んでいるように思えてならない。それは「Goldberg Invariant」でキャサリンという集団を持ち出すことで、個々のキャサリンへの言及から逃げていることにも表れている。

 「Your Heads Only」ではこの本の読み解き方を述べているのではないかという一説が冒頭に登場する。解説であるwhat is〜よりもよほど解説しているように(それでも抽象度は高いが)思えてくる。ここまで読み進めてようやく「迂遠なる論理的アプローチで到達する、深遠なる恋愛の真理」という文庫版帯の一文が少しずつ現実味を帯びてくる。個々の話は独立しているが、作家がやろうとしていることははっきりしている。いかに複雑な文章を構築し、そしてそれをひもとかせるようなアプローチを導入するか。それが仮想的ボーイミーツガールなのか、回想という名のモノローグなのかの違いであるだけ、かもしれない。

 もちろんTips程度に読み解くための鍵は個々のストーリーに用意されている。ただ、自分が読み進める時に紙とペンを用意していたわけではないから、気になる箇所はあれどしっかりと読み解くまでにはいたらなかった。次に本書を開く機会には、もっと深く読み解くために用意しておきたいものである。そしてまだ読んでないあなたはぜひぜひ、学生時代を思い起こすようにきわめて数学的で数学ではない問題に取り組んで欲しいなあ、と思う。前作を読んだ人ならば、ここまでする理由はなんとなく納得していただけるだろう。自分の場合、難解さが前作の比ではないと気づいたのが読語だった、というわけである。 


2011/3/12

短編集(1.Boy's Surface2.Goldberg Invariant3.Your Heads Only4.Gernsback Intersection5.What is the Name of This Rose?)

初版
2008/1(早川書房)
2011/1(ハヤカワ文庫JA)

 

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