Self-Reference Engine


 予想はしてたが、本書は一読しただけでは何がなにやらサッパリ分からない。いや、それは少し言い過ぎか。第二部の展開で第一部で見かけた伏線が出てくるので、おやっ、と思って読み進めていたら終わっていたという感じである。サッパリ分からないは言いすぎだが、だからと言って何が分かったのだろうと思う。ある男と女の時空を超えたラブストーリーか、いやそれどんな時かけもしくはゼーガペインだよと言われそうでもあるが。ミステリーの要素はあるが、基本的にはSFだと言っていいと思う。純文学と言えなくもないが、まあけどジャンル不問で作家が円城塔だ、ということが一番大事かもしれないね。さらにまだ32歳というから驚き。執筆時はまだ20代か。

 あらすじはあったないようなもので、とりあえず「Event」という事態があり、その前後で世界は劇的に変わってしまったということ。イベント後の世界で謎を探るジェイムス、その彼が幼いころに交流のあったリタという少女、巨大知性体と呼ばれる人間とは別の存在、さらには超越知性体、そして外部からの訪問者。彼らはどういう世界に生きて、どこを目指しているのか。ジェイムスとリタは再び出会えるのだろうか?

 まず、構成が緻密である。展開無視なら何でも書けるだろうというツッコミもあるだろうが、一見繋がってないように見えてどこかは必ず繋がっているはずだ、と思わざるをえない展開なので、一連の流れというものは確かに存在している。だから前半であれ?と思って当然だろうが、それでも確実に読み進めて欲しい。どこかで前半部分の伏線やキーパーソンに気づくと、俄然本書が面白くなる。読み進めていけばいつか閾値を超えるはずなので、最初は辛抱強く読み進めて欲しいと思う。だから、こう感じさせるだけの緻密さは確実に存在する。

 内容の細かいところはハヤカワ文庫の解説で佐々木敦が書いているし、ここで書いてもネタバレになってつまらないので書かないでおく。ただ、話ごとにそれぞれ主人公と思われる人物がどんどん変わっていくこと(ジェイムスなど、同じ人物の再登場もあるが)でこれがますますストーリーの連関を複雑にしている。さらに鯰だとか大量のフロイトだとか、ブラックボックスだとかそういう謎めいた物質が出てくることでますます、である。何のために複雑にするのか、何のために奇怪な物質が存在するのか、そもそも語り手は存在するのか、このあたりに思いをめぐらせて読むことで、より深く読めるのではないかと思う。考えれば考えるほど分からなくなるという矛盾につきあたってしまう、とも言えるかもしれないが。多面的、また多重的な読み込みが可能なのも本作の醍醐味であろうし、だから表象が無駄というわけではなく、表象だけでも面白さはある。たとえば「01:Bullet」はこれだけで何かの一顛末ということで完結しているし、「15:Yedo」は文字通りエドと呼ばれた時代の、その街の一風景だ、と言うことは可能である。

(表面的な構成以上のもの、に対する言及という意味で、ここからはいくらかのネタバレを含みます)

 このことによって何が示されるのだろう。多くの章はそれ自体が完結しているものと言っていいと思う。だが、完結した章をつなぎ合わせても、長編として、一つの小説としては何一つとして完結しているとは言い難い。「エピローグ」は無理矢理あることを終わらせているにすぎないと思う。であるならば、そもそも本作は小説なのかという疑問にぶちあたる。何らかのストーリー、物語性のある文章には違いないが、小説というフォーマットとして本作を扱えるのかということ。物語性があるという意味で広義では扱えるだろうが、文章を並べるだけで小説と言えるのかという意味では狭義に本作を小説ととらえられないのではないか、という疑問である。ひねくれているかもしれないが。

 ただこうした疑問を持つことで、本作を別の言葉で再定義しようと考えた。本作は、誰かの見ている「夢」ではないだろうか。多くの人が眠っているときに見る、「夢(Dream)」である。

 本作の途切れつつも不思議と繋がっている世界は、いくつかの分散した夢の繋がりなのではないかと考えた。夢は一つ一つは中途半端であれ完結するが、いくつか見た夢が綺麗に繋がっているわけではない。だが、繋がりがないわけでもなく、ある夢が次の夢に部分的に引き継がれることもある。だが総体として見たときに、一晩に見た夢は不完全な物語でしかない。だけど予想もつかない展開や、意外な人物の登場は、それだけで嬉しくもあり、場合によっては悪夢でもあるだろう。「Self Reference Engine」という夢を見終えた読者の、”寝起き”の実感はどこにあるのだろう。おそらくそれは、人によって全く異なるベクトルを向いているんだろうけれど。

 円城塔は自然科学でいうところの複雑系に関わっていたようなのだが、夢という系も複雑系と言えなくもないだろう。本作を複雑系の小説というよりは、もう夢だろう、と言ってしまったほうが分かりやすくていいんじゃないかと考えただけで、それ以上でも以下でもありません。あれやこれや考えながらも、意外と本質がシンプルかもしれないという気づきがあったりして、頭をぐるぐるとめぐらせながら読める楽しい小説でした。


2010/5/25

長編?

初版発行
2007/5(早川書房)
2010/2(ハヤカワ文庫JA)

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