レインツリーの国


 あとがきで知ったことだが本作は図書館シリーズに出てくる作中作らしい。小説は読んでないがアニメはネットであさったら見つかったので見てみた。なぜかテレビ放映は見送られた一作。見終わってもそうなる理由が分からないしいろいろな大人の事情があったと鑑みるしかないのだろう。アニメに見られる価値があるのと同じか、もしくはそれ以上にその中で重要な役割を果たした本作も、読まれる価値があるだろう。派手さはなく、有川らしいだだあまな恋愛ものだが、半端な恋愛ものではないことをことわっておく。あと、ストーリーのネタバレではないですが、設定上大きなネタバレを含むレビューになります。

 向坂伸行はネット上であるサイトを見つける。サイト名は「レインツリーの国」で、管理人はひとみという女性らしい。伸行が目を引いた彼女の文章は、彼が学生時代に読んではまったライトノベルについての感想(それと若干のレビュー)だった。久しぶりの目にした懐かしい一冊を思い出した伸行は、はやり立つ気持ちを抑えきれずにひとみに感想のメールを出すことに。そこから2人のメル友づきあいが始まっていく。

 ネットからの出会いという現代的なモチーフを使いながらもふたりの間でかわされるやりとりは真新しくも古びてもいない、等身大のもので非常に好感を持てる。関西にゆかりのある作家らしく主人公は関西出身ということで大阪弁がどんどん飛び出す。これも伸行の特徴をつかむためだけでなく、ひとみとの関係性を良くもしたり悪くもするのだから作家のストーリーテリングは面白い。あと、ネットからの始まりというだけあってオンラインでのやりとりとオフライン(対面デート)でのやりとりの差異がまた面白くもある。見えないからこそ言える言葉はあるし、見えるからこその安心感もある。

 コンプレックスというものは誰にでもある。伸行は正直すぎるところがそうかもしれないが、ひとみにとっては特別すぎただけ。それに対してひとみがどう向き合い、伸行がなんとか許容しようともがく様ははっとさせられるところもある。どんな立場であってもわかり合えないことはないのかもしれない。それこそ青くさいまでにポジティブであるところは笑いもするが、読後には幸福感の味わえる小説でもあるんじゃないだろうか。

 伸行の人物造形も面白いが、ひとみに関しては上手く設定していると思う。中途難聴者という立場は、つまりは健常者だった人がある日突然障害者になったことを意味する。ひとみは健常者の感性で会話や生活をしながら、不自由なところで障害者である自分を認識しなければならない存在だ。普通の人のように喜び、悲しみ、怒りもする。恋やオシャレもまだまだ飽き足りない年頃の女性だし、時にはツンツンしたくもなるのが女心なのだろう。そういう細かな心理を書くのはうまいと思うし、細かい機微を書けるのは女性作家ならではなのかな。何よりひとみが障害を持っているということが意識的にならないのがいい。伸行のように、そういえば耳が悪いんだったか、っていう認識で読者も小説を読めるのではないか。男女問わず伸行の立場になれるし、女性なら女性でひとみの心理には共感できるところがあるだろう。

 図書館戦争のアニメで本作が作中作として登場した「恋ノ障害」の回で毬絵という少女の台詞で印象的なシーンがある。彼女が良化隊に向けて「障害があると物語のヒロインにもなれないんですか?」と言ったシーンだ。障害者がキャスティングされることもあったせいか事実、アニメはテレビ放映は見送られた。創作は表現の自由があるが、放送はまた別な事情がからんでくる。文庫版解説で山本弘が書いているが、健常者と障害者で区別されることは必要だとしても明らかな差別を受けるのはなぜなのだろう。日常生活を営んでいても、街中では障害者は健常者にとけ込んで生きている。この小説は中途難聴者と聾唖者の区別を教えてくれるだけでなく、健常者も障害者も互いに壁があることに苦しむさまを書き込んでいる。自分たちが作り出している壁でもあるが、社会によって作られてしまった壁ではないか。壁をどう乗り越えるかは難しい問いではあるけれど、考えるきっかけを与えてくれる一冊である。それこそ小説に答えはないが、ヒントはたくさんつまってる。

 2人の関係は山あり谷ありだが、その過程は考えさせられるものも多い。その上でラブコメとしてのテイストも捨てるわけじゃない(メールのやりとりはその典型だろう)から面白い。考えれば自衛隊シリーズでもシリアスとコメディの書き分けが上手い作家だったから納得。2人の関係性のひとつの形としての収束と、タイトルのかけあわせなんかも言葉遊びの一つといえども上手いなあ。

 少ししゅんとしていた気持ちも、なんとなく励まされたような気がする。読み終えてささやかな幸福感に包まれる一冊である。


2009/10/13

長編

初版発行
2006/9(新潮社)
2009/7(新潮文庫)

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