塩の街


 今をときめく作家のひとりになった有川浩のデビュー作が、本作『塩の街』である。電撃小説大賞を受賞したこともあり、当時はライトノベル界でにぎわっていたのを覚えている。何故か当時は買わなかったため、時間が経って入手困難になり、一度加筆されて単行本さえ、さらに角川から再文庫化されてようやく7年越しに読むことになった。加筆修正版とは言え、当時読まなかったことを激しく後悔した。有川浩の作家としてというより、ストーリーテラーとしての魅力が十分につまっている。謎めいているが青くさくかっこいい大人、非現実的な事件を経て成長していく主人公、絶対的に加わる恋愛の要素もしっかり本作に表れている。『図書館戦争』シリーズで一気に有名になったが、本作から始まる自衛隊三部作ももっと読まれて欲しい、と改めて思わせられる。

 日本のある平日、突如として飛来した隕石のばらまいた塩化ナトリウムにより、関東圏の人口が1/3に減ってしまった。その後日本各地、また世界で同様の現象が観測され、”塩害”と呼ばれる事態が世界を襲っていた。日本では首都圏を直撃したこともあり一般市民をはじめ政府高官や国会議員も被害に遭い、政府機能が壊滅状態に。たまたま熱を出して寝込んでいた真奈は被害を免れたが両親は帰って来ず、悪化する治安の中、真奈は自宅を脱出、たまたま遭遇した元自衛隊員の秋庭の家に転がり込むことになった。ふたりで素朴ながらも平穏な生活を始めたが、ある日入江と名乗る秋庭の知り合いが現れてから、事態が動き出す。

 『空の中』『海の底』を先に読んで思う本作の特徴は、起承転結がはっきりしていて、そのバランスがいい。おそらく公募を狙ったために限られた枚数の中で何ができるか、を考えた上での構成なのだと思う。逆に言えば、物足りないと感じる部分はあるものも、『空の中』や『海の底』に比べれば登場人物を限定的にしていることで補っている。秋庭と入江のキャラクターがかなり立っているので(このあたりはいかにもライトノベル的なノリであるし)2人がストーリーを勝手に引っ張ってくれているという印象もあって、後半の展開は細かいところ以外は作家も非常に書きやすかったのではないかと思ってしまうほどだ。

 本作の核心は、一見セカイ系ととられてもおかしくないのかもしれないが、セカイ系ほどエモーショナルで深い(かつ脆い)二者の繋がりがあるわけではなく、ストーリー構成は映画のアルマゲドンのイメージに近い。男が女の前で、命を賭して世界を救ってみせる、そういう映画の予告編でいかにも誇大広告を打たれそうなテーマを持ってきてはいるが、そこが重点かと言えばそうではない。本作のストーリーはあくまで本作の要素の一つでしかない。自衛隊三部作に共通する特徴でもあるが、非現実な事態はあくまで設定で、その中で人間のどろどろした部分(本作では序盤部分で顕著)や逆に追い込まれたときの人間の底力や優しさというものを書こう、という意志が伝わってくる。

 本作では主人公である高校生の真奈が思わぬことで大人の事情に遭遇し、もがき苦しみながらもまっすぐな気持ちで様々な事情に抵抗していく。純真さだけではだめ、だからと言って自分を偽りたくない、それでも絶対にどうにかしないと世界は救えないかも知れない。複雑に揺れ動く気持ち、そこで芽生えるもの、気づくもの、世界の危機はひとりの女子高生から何を奪い、何を与えるのか。失って、絶望して、安心して、また失って。速い展開で進む事態に対して、真奈というひとりの少女の心の動き、その過程は等身大で、丁寧に書かれている。ストーリーそのもののリアルさや切実さは詳しく語られないものも、一少女の目線は限りなくリアルだ。

 ひとりの人間が観測できる世界は当然ながら実際の世界に比べればはるかに小さく、だけど日常というものは誰にとってもかけがえのないものである。秋庭にしても、入江にしてもそれは同じ。大人は大人の立場で動かなければならないが、志が空っぽなわけでもない。誰だって、悩みもがきながら生きている。それは現実でもそうたいして変わらなくて、事態が事態だからこそ表面化しているだけのことなのだろう。読んでいて手触りで得られる感覚が身近なものであり、だけど平穏な日常で生きる限りでは気づかないことでもあったりする。小説だけでなく音楽でも絵でも何にでも共通することのようにも思うが、創作によって非日常性を表現することは、それだけで受け手に何かをもたらしている。それが薄っぺらいかそうじゃないかは、表現者の技量によるだろうけどね。

 2007年にハードカバー版で追加された四つの掌編も味わい深い。ここ最近ライトノベル原作のアニメが増え、一方でライトノベルレーベル以外でも出版するライトノベル作家も増えてきた。有川浩はその両方に当たる存在である。彼女がこれから表現の手段でどういう方向を目指すのか、また中身を、有川浩らしさというものをどう位置づけていくのか、その原点がここにあるのは間違いない。ここ最近は驚異的なペースで小説を発表していて、それらを読むのが楽しみである。が、個人的な事情として大体は財布と相談して文庫化されるまで待つことになるわけだが。


2010/4/26

長編

初版発行
2004/2(電撃文庫)
2007/6(メディアワークス)
2010/1(角川文庫)

※メディアワークス版と角川文庫版には本編のあとに短編が4編追加収録

Back